海外テニス

【東レPPOテニス】元世界30位の土居美咲、コートの上で完全燃焼!「本当に幸せなテニス人生でした」<SMASH>

内田暁

2023.09.29

現役最後の試合を終えた土居美咲には小学生時代からのライバルであり親友でもある奈良くるみさんが花束を手渡した。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 豪快に叩き込まれた打球が、自身のコートを抉るように跳ねるのを見届けた時、彼女はバイザーの唾を少し押し下げ、ネットへ向かい淡々と歩いていった。

 会心のウイナーで勝利を手にしたマリア・サッカリの顔にも、笑顔は一切ない。同じく静かに歩みを進める勝者は、ネットへと近づくにつれ、対戦相手が「とてもエモーショナルになっていた」ことに気付いたという。少し早くネット際に着いたサッカリは、ラケットを立てかけると、両手を大きく広げて対戦相手を迎え入れる。しばし固く抱擁を交わした後、サッカリは「あなたと対戦できたことを、本当に光栄に思います。これからの人生を楽しんでください」と、対戦相手にあらん限りの敬意を表した。

 センターコートの客席からは、温かい拍手と声援が降り注ぐ。客席には、これまで共に練習し対戦も重ねてきた、日本の現役選手たちも多くいた。「ジュニアの頃から応援しているよ!」というファンの声が、客席の前列から飛ぶ。フォトグラファーピットでシャッターを押す新聞社のカメラマンの中には、「子どもの頃に一緒に撮っていただいた写真を、携帯の待ち受け画面にしていた」という元テニス少女もいた。

 花束を手に涙で頬を濡らしコートに現れたのは、小学生時代から対戦を重ね、「共に駆け抜けてきた」同期の奈良くるみさんだった。

「皆様、今日は来ていただきありがとうございます。そして長いこと応援していただき、本当に、本当にありがとうございます。本当に幸せなテニス人生でした」

 花束を受け取りマイクを向けられた彼女は、万感の想いを一語、一語に丹念に込める。

 これが、土居美咲が約15年の競技者生活に幕を引いた、ラストシーンだった。
 
 今年の東レパンパシフィックオープンを、現役最後の大会と定めた時、彼女は「ここまで来られるとは思っていなかった」と素直に笑う。大会が始まった時、彼女が立ったのは予選のコート。本戦に入るには、2連戦を勝ち抜かなくてはいけない。腰の痛みにより「継続的に良いパフォーマンスができない」ことを理由に引退を決意した彼女にしてみれば、本戦への壁は厚かった。

 ただここで、僥倖が訪れる。予選初戦に勝利した後、2回戦で対戦予定だった選手が本戦に繰り上がったため、戦わずして本戦へ。本人も驚きを隠せぬ、まさに「最後のご褒美」だった。

 本戦初戦で相対したのは、現世界49位、最高14位のペトラ・マルティッチ。その同期の実力者相手に、土居は立ち上がりから、攻めに攻めた。少しでも相手のボールが浅くなれば、回り込み自慢の左腕で鋭く打ち抜く。いつ爆ぜるかわからぬ爆弾を腰に抱えるなか、タイムリミット前に勝負を決めるべく、飛ばしに飛ばした。

「後悔するのは嫌だと思った。ファーストセットで出し切り、もしセカンドセットでプレーできなくなっても良いという思いもあった」

 いつ相手が追い上げてくるか……との緊張の糸を切らさぬまま、ゴールラインまで土居は走りきる。最終スコアは、7-5、6-2。

「勝ちに行くつもりでコートに立ったが、最後まで勝てるとは思っていなかった。最後の試合かもと思っていたが、最後じゃなかった!」

 勝利の瞬間の涙には、そんな種々の思いが光る。同時に、「腰の痛みさえなければ、ぜんぜんまだトップで戦えると思っている」とさらりと断言。

「トップ100が私の戦ってきた場所。そのボールは、私にとって打ちやすい、戦いやすい」

 そう言い浮かべる穏やかな笑みに、アスリートの重厚な矜持が、隠しようもなく滲んだ。
 
NEXT
PAGE
試合を終えて改めて思うテニスの魅力