完全に奴のペースになっている
「なんだって奴は、あんなに思い切って打ってこれるんだい?」
マッケンローは半ばあきれながら、ネットの向こうに立っている神経質そうな男を見た。その男はしきりにガットのヨレを直している。
その仕草は、まるで髪を一本一本ラケット面の上に並べているような執拗さだ。得意なときに彼が見せる癖であることを、もちろんマッケンローは知っていた。
「完全に奴のペースになっている」
マッケンローは歯痒い思いがした。思い通りのプレーができないのだ。このところずっとそうだ。しかも、会心のサービスを打っても、逆にリターンエースを浴びせられてしまう始末だ。あの男には自分の心が見透かされているようでならない。
レンドル―――。
その名は、マッケンローの心に重くのしかかるようになった。とにかく勝てない。5連敗も喫している。そして、今日も。
「しかし、今日はなんとしても負けるわけにはいかない」
マッケンローは必死に自分を奮い立たせようとした。もしポケットの中に、都合良く興奮剤が入っていたら、それを手あたり次第に飲んでいたかもしれない。
マッケンローがそれほどまで切羽詰まったのは、それがUSオープンだったからだ。ウインブルドンではどうでもよくても、USオープンではどうでもよくない理由を、彼はたくさん抱えこんでいたのだ。何よりもニューヨークっ子のマッケンローは、地元ということにとことんこだわる男なのである。
しかし、マッケンローはその地元で無残な敗戦を喫することになった。1982年、USオープン4連覇をめざした彼は、準決勝でレンドルに敗れたのだ。
4-6、4-6、6-7。
このスコアを見ただけで、“あわや”というシーンが皆無だったことがわかる。1981年のフレンチ・オープン以来、これで対レンドル戦6連敗になった。どんな御託を並べても、レンドルにはまったく歯が立たないところまでマッケンローは追い込まれていたのだ。
(続く)
文●立原修造
※スマッシュ1986年9月号から抜粋・再編集
【PHOTO】マッケンローetc…伝説の王者たちの希少な分解写真/Vol.1
「なんだって奴は、あんなに思い切って打ってこれるんだい?」
マッケンローは半ばあきれながら、ネットの向こうに立っている神経質そうな男を見た。その男はしきりにガットのヨレを直している。
その仕草は、まるで髪を一本一本ラケット面の上に並べているような執拗さだ。得意なときに彼が見せる癖であることを、もちろんマッケンローは知っていた。
「完全に奴のペースになっている」
マッケンローは歯痒い思いがした。思い通りのプレーができないのだ。このところずっとそうだ。しかも、会心のサービスを打っても、逆にリターンエースを浴びせられてしまう始末だ。あの男には自分の心が見透かされているようでならない。
レンドル―――。
その名は、マッケンローの心に重くのしかかるようになった。とにかく勝てない。5連敗も喫している。そして、今日も。
「しかし、今日はなんとしても負けるわけにはいかない」
マッケンローは必死に自分を奮い立たせようとした。もしポケットの中に、都合良く興奮剤が入っていたら、それを手あたり次第に飲んでいたかもしれない。
マッケンローがそれほどまで切羽詰まったのは、それがUSオープンだったからだ。ウインブルドンではどうでもよくても、USオープンではどうでもよくない理由を、彼はたくさん抱えこんでいたのだ。何よりもニューヨークっ子のマッケンローは、地元ということにとことんこだわる男なのである。
しかし、マッケンローはその地元で無残な敗戦を喫することになった。1982年、USオープン4連覇をめざした彼は、準決勝でレンドルに敗れたのだ。
4-6、4-6、6-7。
このスコアを見ただけで、“あわや”というシーンが皆無だったことがわかる。1981年のフレンチ・オープン以来、これで対レンドル戦6連敗になった。どんな御託を並べても、レンドルにはまったく歯が立たないところまでマッケンローは追い込まれていたのだ。
(続く)
文●立原修造
※スマッシュ1986年9月号から抜粋・再編集
【PHOTO】マッケンローetc…伝説の王者たちの希少な分解写真/Vol.1