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国内テニス

大坂なおみが日本国籍の申請へ!彼女の生い立ちや現在までの道のりを、両親のコメントを基に振り返る

内田暁

2019.10.11

左が父、レオナルドさん、右が母、環さん。写真:滝川敏之

左が父、レオナルドさん、右が母、環さん。写真:滝川敏之

 ではなぜ、なおみはやめなかったのか……? 

「それは、テニスが好きだからですよ。負け続けてもやりたいくらい、あの子はテニスが好きなんです」。そう応じたのは、レオナルド氏だ。

 父親のこの分析は、先に触れた、大坂の幼少期の記憶と矛盾するようにも思われる。だが恐らくは、父娘どちらの解釈も正しく、両立し得るものなのだろう。「テニスは決して楽しくなかった」という本人の想いと「負けても続けたいくらいテニスが好き」という父の理解――その二つを矛盾なくつなげる媒介とは、「負けたくない、負けたままで逃げるわけにはいかない」という、アスリートに欠かせぬ本能だ。

「なおみは負けず嫌いなんてもんじゃないですよ。年齢の近い姉妹なので、いつも競争だった。だから、お姉ちゃんに負けたくないという想いは、とても強いと思います。今は誰が相手でも、200%負けないと思っているはずです」

 母親のその言葉を、父親が引き取り説明した。「たくさん負けてきたから、どうやったら勝てるかをすごく考えているんです。相手を理解し、どういう選手か、どう対戦すればよいかというのを見つけるために、常に人を観察しているんですよ」
 言葉数は少なく、シャイとも思える佇まいで試合会場にいるその時、彼女は他者を分析すべく、常に目を動かし、耳をそばだてているのかもしれない。

ブレークスルーの契機となったのは……

 大坂は同じ相手に続けて負けることが、極端に少ない選手である。2014年のHPオープンで敗れたスビトリーナには、16年の全豪でリベンジを果たした。15年の岐阜ITF決勝で負けた鄭賽賽も、16年のマドリード予選で破っている。

 そんな彼女のブレークスルーの時は、1510月に参戦した〝WTAライジングスター招待試合〞で訪れる。ツアー最終戦と同会場で行なわれた、若手選手たちによるエキジビションマッチ。ラウンドロビン方式で行なわれたこの大会で大坂は、初戦で敗れたガルシアに、決勝では逆転勝利で頂点に立ったのだ。

 エキジビションとはいえこのタイトルは、周囲が思っている以上に、彼女に大きな自信と刺激を与えたようである。「だって私、大会そのものの優勝経験がほとんどないから」
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