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海外テニス

女子テニス界屈指の技巧派ジャバーを世界2位へと押し上げた「本気で自分を信じる覚悟」【シリーズ/ターニングポイント】<SMASH>

内田暁

2023.01.14

2011年には全仏オープンジュニア(写真)を制したことで“初の北アフリカ出身女性選手”の称号を手にした。(C)Getty Images。

2011年には全仏オープンジュニア(写真)を制したことで“初の北アフリカ出身女性選手”の称号を手にした。(C)Getty Images。

 以降の数年間、彼女は同プログラムから金銭的援助を得て、ジュニア国際大会を転戦する。ドロップショットやスライスを多用するプレースタイルは、ジュニアの世界では異質であり、固有の武器となる。その長所を存分に生かし、16歳の時に全仏オープンジュニアで頂点へと昇りつめた。

「グランドスラムジュニアを制した、初の北アフリカ出身女性選手」

 それが、彼女が最初に打ち立てた、世界規模の“初”の旗だ。

 ただ以降の数年間、彼女は足踏みの時を過ごす。進む足を鈍らせたのは、ジュニア時代に武器となった、個性的なプレースタイルだった。

「プロのレベルで、どうやって自分のスタイルで勝てば良いかわからなかった」と、稀代の業師は述懐する。豊富な手持ちの札は戦術の幅を広げるが、同時に、迷いと時に悔いを生む。さらには、誰もが「人を驚かせたり変わったことをするのが好き」と評する彼女のパーソナリティも、遠回りの一因だったようだ。
 
「同じことをくり返すのが苦手だった」と打ち明けるように、本人の中でも、どこか自分の可能性を信じ切れない時期だったのかもしれない。

 そんな迷いの中に光が差したのは、2017年。またも、ITFからの支援だった。

 この年、ITFは新たに“グランドスラム選手基金”を設立。テニス発展途上国から選ばれた12人の“一期生”に、ジャバーも名を連ねた。得た補助金は、5万USドル。「この支援のお陰で、金銭面を心配せず試合に集中できた」と言うように、経済面での安定は精神的な負担を軽減し、テニスへの専心を高めた。

 同年の全仏オープンでは、予選決勝で加藤未唯に大接戦の末に敗れるも、ラッキールーザーとして出た本戦で3回戦進出。前年末に193位だったランキングを、17年10月には83位まで駆け上がった。かくしてトップ100入りした彼女は、以降も右型上がりの成長曲線を描き続ける。22年6月末には世界の2位に到達し、ウインブルドンでは自身初のグランドスラム決勝進出。
 
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