スーパースターたちのプレーは、常識をはるかに超えた高度な輝きを持って見る者に迫ってくる。しかし、彼らとて、一歩コートを離れたらどこにでもいる普通の人間だ。そうした超人間性と日常性がどのように交差し、その結果、コート上にどんなシーンをもたらしてくるのだろうか。【レジェンドの素顔】として追っていく。第１弾は今でもその人気は変わらないジョン・マッケンローだ。

　饒舌で時には審判をまくしたてる印象を多く持つ方も多いかもしれないが、“勝ったときよりも負けたときの方がずっと美的だ”と言う人もいた。寡黙で悲しげなマッケンローの方が親しみやすいということだろうか。そういう意味では、マッケンローは負けて絵になる数少ない選手の一人と言えるだろう。

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　ロッカールームからセンターコートに通じる薄暗い通路。床を叩くシューズの音だけが寂しく響く。

「絞首台に向かう死刑囚みたいだな」自嘲気味に、マッケンローはそう思った。何かひどい船酔いにあったような気分が、彼から離れない。大観衆の前に自分をさらけ出すことが、とても恐いときがある。

「ガキの頃から、テニスがただ好きだっただけなのに、とんでもないところまで来ちまったものだ」
  　しかし、いつも憂鬱になるわけではない。コートに出ることが、たまらなく楽しいときも、マッケンローにはよくある。体調がいいときや、相手が弱すぎるときだ。そんなときは、コートサイドに陣取る観衆の一人ひとりが旧来の友のようにも思えてくる。今日は、そんな気分からはほど遠い。相手はコナーズだし、体調もずっと悪い。おまけにウインブルドンの決勝という大舞台だ。足どりも自然と重くなってくる。

「こんな気持ち――、観客席でのんきにジャムサンドを頬張っている連中には、わかってもらえないだろうな。奴らときたら、マナーがどうのと文句ばかり言うくせに、俺のプレーだけはちゃっかり楽しんだりするからな。調子が良すぎるぜ」

　マッケンローの苛立ちは朝から続いている。眼覚めたときに、左肩に引っかかりを感じたせいだ。肩をまわすとチクリとくる。ちょうど尖った針に触れたような痛みだ。

　不安だ――。
　しかし、今日は何としても勝ちたいとマッケンローはくちびるを咬む。昨年ボルグを破ってやっとチャンピオンになれたのに、今日負けたらもとの木阿弥だ。

　勝つんだ！
　戦場に向かう兵士のように、マッケンローは自らを叱陀激励し、勇気を奮い立たせようとした。勝つ！という激しい闘志が、マッケンローの心にこれほど充ちてきたことは、かつてなかったほどだった。