大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。前回に引き続き、ステフィ・グラフを取り上げよう。
グラフとナブラチロワの対決となった1987年全米オープン決勝。ここでグラフは痛恨の敗戦を喫した。その日からグラフの新たなチャレンジが始まった。しかし食生活の乱れから体重増という思わぬ難敵をかかえてしまう――。
◆ ◆ ◆
グラフのこれまでの生活はハードすぎた
全米オープンに登場したグラフは、あきらかに身体が丸みを帯びていた。足も太くなっていたし、腰まわりも何となくふっくらして見えた。
骨格がしっかりしてきた、という見方もあるだろう。しかし、それにしてはフットワークに精彩がなかったのが気にかかる。半歩及ばないシーンが随所に見られた。
7月末から8月はじめにかけて行なわれたフェデレーションカップで、グラフの足が動いていないことを指摘されたペーターは、こう弁解している。
「実は、太り過ぎが原因なんだ。ウインブルドンで短い試合ばかりだったから体重が66キロまで増えてしまった」
もっとも、短い試合のせいで太ってしまったというのは真実ではない。もしそれが本当なら、ナブラチロワはウインブルドンのたびにまん丸に太っていなければならない。グラフが太り始めた背景には、精神と肉体の均衡状態がやや狂い始めたことが原因として挙げられるのではないだろうか。
グラフは14歳でデビューした。そして、精神的にもっとも危うい思春期を、テニス1本に集中することで乗り切ってきた。彼女は人並み以上の才能に恵まれたとはいえ、ここまで彼女を押し上げてきたのは、この類まれな集中力である。
この集中力が、不意に萎える時がある。テニスだけでなく、他の様々なことに興味を持ち始めると、それは顕著になる。
それでなくても、グラフのこれまでの生活はハードすぎた。その強さゆえに人々は時に忘れてしまうが、彼女はまだほんの18歳なのである。
まだ20歳にもならない少女が、半年間で家にいたのがたった1日だったり、ボーイフレンドと話をする暇がなかったり、国別対抗戦のエースとして祖国の名誉のために奮戦したりする。果たして世界中の18歳の中で、グラフほど重圧を受けつつ過酷な日々を送っている少女が他にいるだろうか。
彼女は世界でもっとも裕福な18歳であるとともに、もっとも不自由な18歳でもあるのだ。その歪みはまず食生活に現れた。まるで檻に入ったまま興行地を転々とするサーカスの動物のように、窮屈なトーナメント生活。父親ペーターの励ましがあり、テニスが大好きだからこそ辛抱することができた。しかし、その辛抱の代償としてグラフは手近かなヤケ食いに走った。食生活のコントロールを失ってしまったのだ。
グラフとナブラチロワの対決となった1987年全米オープン決勝。ここでグラフは痛恨の敗戦を喫した。その日からグラフの新たなチャレンジが始まった。しかし食生活の乱れから体重増という思わぬ難敵をかかえてしまう――。
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グラフのこれまでの生活はハードすぎた
全米オープンに登場したグラフは、あきらかに身体が丸みを帯びていた。足も太くなっていたし、腰まわりも何となくふっくらして見えた。
骨格がしっかりしてきた、という見方もあるだろう。しかし、それにしてはフットワークに精彩がなかったのが気にかかる。半歩及ばないシーンが随所に見られた。
7月末から8月はじめにかけて行なわれたフェデレーションカップで、グラフの足が動いていないことを指摘されたペーターは、こう弁解している。
「実は、太り過ぎが原因なんだ。ウインブルドンで短い試合ばかりだったから体重が66キロまで増えてしまった」
もっとも、短い試合のせいで太ってしまったというのは真実ではない。もしそれが本当なら、ナブラチロワはウインブルドンのたびにまん丸に太っていなければならない。グラフが太り始めた背景には、精神と肉体の均衡状態がやや狂い始めたことが原因として挙げられるのではないだろうか。
グラフは14歳でデビューした。そして、精神的にもっとも危うい思春期を、テニス1本に集中することで乗り切ってきた。彼女は人並み以上の才能に恵まれたとはいえ、ここまで彼女を押し上げてきたのは、この類まれな集中力である。
この集中力が、不意に萎える時がある。テニスだけでなく、他の様々なことに興味を持ち始めると、それは顕著になる。
それでなくても、グラフのこれまでの生活はハードすぎた。その強さゆえに人々は時に忘れてしまうが、彼女はまだほんの18歳なのである。
まだ20歳にもならない少女が、半年間で家にいたのがたった1日だったり、ボーイフレンドと話をする暇がなかったり、国別対抗戦のエースとして祖国の名誉のために奮戦したりする。果たして世界中の18歳の中で、グラフほど重圧を受けつつ過酷な日々を送っている少女が他にいるだろうか。
彼女は世界でもっとも裕福な18歳であるとともに、もっとも不自由な18歳でもあるのだ。その歪みはまず食生活に現れた。まるで檻に入ったまま興行地を転々とするサーカスの動物のように、窮屈なトーナメント生活。父親ペーターの励ましがあり、テニスが大好きだからこそ辛抱することができた。しかし、その辛抱の代償としてグラフは手近かなヤケ食いに走った。食生活のコントロールを失ってしまったのだ。