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世界が“史上最高の選手”と認めた内村航平。偉大な王者が体操界に残した「美しい体操」と「チャンピオンとしてのあり方」

矢内由美子

2022.01.17

「美しい体操」を世界中に知らしめた内村が約30年間の現役生活に終止符を打った。(C)Getty Images

 体操の絶対王者である内村航平(ジョイカル)がこのほど引退した。3歳から続いた約30年間の現役生活うちの16年間を日本代表選手として過ごし、五輪に4大会連続で出場。世界選手権と合わせて金メダル13個を獲得し、男子個人総合では09年から16年まで世界選手権と五輪で8年連続金メダルを手にした。

 内村の引退を受け、海外メディアは「疑いなく史上最高の体操選手が引退した」など敬意を込めた枕詞をつけて報じた。IOCのトーマス・バッハ会長もすぐさまツイッターに賞賛とねぎらいのコメントを投稿した。

 その背景にあるのは、この10年間、国際大会に出るたびに現地の体操ファンから熱視線を浴び続けていた内村の雄々しい姿だ。世界選手権などでは、内村に憧れて体操に打ち込んできたという選手が、その練習風景をスマートフォンに収めている様子がもはやおなじみの光景だった。

 五輪や世界選手権で圧倒的な成績を残し続けてきた内村だが、その凄さが際立つのは、世界で勝ち続けている間も日本国内の試合に出続け、一度たりとも優勝を譲らなかったことだ。

 全日本個人総合選手権とNHK杯での10連覇は、いずれも今後破られることが想像できない金字塔。国内外での個人総合40連勝は寸分も甘えのない自己管理のたまものとしか言い様がなく、誰からもリスペクトされる大きな理由となっている。

 1月14日に行なわれた引退会見では、「体操界に残して良かったと思うことは何か」という質問に対して「何でしょうね…」と熟考する姿が印象的だった。

 答えを探すのに苦労しながらも、「結果を残していくことでその先にある体操を超えた他の競技の選手たちにもリスペクトされるような存在になれたというのは、非常に嬉しかった。新しくプロ(体操選手)という道を作れたこともそう。体操の可能性はまだまだあるということを示せたこと」と言葉を紡いだ。
 
 ただ、この時すぐに回答が出てこなかったのは、内村自身が何かを残そうという考えでやってきたのではなく、純粋に体操が好きだから長く続けてきたということを示しているのではないだろうか。

 ベテランになってからも出場する大会を選り好みせずに、国内選手権にも全力で取り組んだのは、世界チャンピオンの立ち振る舞いや演技を、ファンはもちろんのこと、自分の後輩たちにしっかりと見てほしいという思いがあったからこそだ。

 本人は「結果は残せたけど他に何を残せたのだろうと思うとピンときていない」と首をひねっていたが、18年に内村の全日本個人総合選手権11連覇を阻み、翌19年に全日本とNHK杯の2冠に輝いた谷川翔(セントラルスポーツ)はツイッターに内村が残してきたものをピックアップして投稿。「記録、伝説、チャンピオンとしてのあり方」と、感謝の思いをにじませていた。谷川翔だけではない。東京五輪で個人2冠に輝いた橋本大輝や北園丈琉ら、体操に情熱を注ぐ後輩たちの存在すべてが内村の残した心意気の結晶である。

「美しい体操」の価値を日本の体操界のみならず世界中に知らしめたのも内村の功績だ。北京五輪以降、世界の趨勢として技の難度がどんどん上がっていきながらも、演技の出来栄えが軽視されることなく時代が流れてきたのは、内村が見せる美しい体操が人々の心をつかんだから。体操の魅力をより引き立たせた最高のアスリートだった。

取材・文●矢内由美子

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