専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
格闘技・プロレス

「落ちたらまた這い上がってくればいい」――心を揺さぶった言葉の数々。“燃える闘魂”アントニオ猪木は何を残したのか?

萩原孝弘

2022.10.03

ルスカとの異種格闘技戦などは今の総合格闘技の原点と言えるもの。猪木氏がスポーツの垣根を越えてやってのけたものは、今なお色褪せない。写真:平工幸雄/アフロ

ルスカとの異種格闘技戦などは今の総合格闘技の原点と言えるもの。猪木氏がスポーツの垣根を越えてやってのけたものは、今なお色褪せない。写真:平工幸雄/アフロ

"猪木にしかできないことをやる”。

 戦いで培ったものをワールドワイドに広げ、プロレス者に「平和とは何か」を考えさた功績も大きな意味を持った。

 1998年4月にプロレスラーを引退。自らの人生訓が織り込まれた「道」を読み上げ、リングを後にした。一つの時代が終わりを告げた瞬間が訪れたと感じた者も、少なくないはずだ。

 ただ、引退後も格闘技イベント「PRIDE」に携わり、小川直也をキラー化させて橋本真也にぶつけるなど、ショーに傾倒していくプロレス界に戦いの本質を注入するスタイルは、昔気質のプロレスファンに称賛された。

 近年は破天荒さゆえ、様々な確執のあった弟子たちとも雪解け。2020年には「燃える闘魂60周年メモリアルセレモニー」で武藤敬司、蝶野正洋、ヒロ斎藤、越中詩郎、AKIRA、藤原喜明、藤波辰爾、木村健吾、前田日明、木戸修、長州力が勢ぞろい。武藤、蝶野、前田、長州にはお馴染みの「闘魂ビンタ」で悶絶させるが、会場にいたあらゆる人間を笑顔にさせる不思議なパワーが会場に溢れていた。
 
 2018年から「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」という難病を患いながらも自身のYou Tubeをはじめ、NHKのドキュメンタリー番組「燃える闘魂 ラストスタンド」、今年8月には車椅子姿で「24時間テレビ」にも出演。隠すことなく近況を世間に伝え続けていた。だが、2022年10月1日7時40分に心不全のため都内の自宅で死去したと報じられた。

「死ぬまで、死ぬ一瞬まで輝いていたい」の思いは成し遂げられたと信じている。その日は来ると知っていても、筆者は頬をつたう涙は抑えきれなかった。

「元気があればなんでもできる」
「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」
「一歩踏み出す勇気」
「やる前から負けること考えるやつがいるか」
「落ちたらまた這い上がってくればいい」
「バカになれ」

 いくらでもそらで言える言葉の数々は、猪木信者にとってバイブル。これからも胸に猪木イズムと感じた不思議な風を思い出し、今日を生きていこう。

取材・文●萩原孝弘

【関連記事】「正真正銘のレジェンドだ」アントニオ猪木さんの逝去をアメリカでも惜しむ声。米専門記者は「最もカリスマ的な一人」と賛辞

【関連記事】今も色褪せない“伝説の世界一決定戦”。英メディアが46年前のアリvs猪木に再脚光!「世界チャンプは日本で足を失いかけた」

【関連記事】「アリのおかげで俺は世界中に…」世紀の大一番から44年、アントニオ猪木氏がかつての宿敵にしみじみと
NEXT
PAGE

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号