次走は英国王室主催のロイヤルアスコット開催で実施される春の欧州・中長距離戦線の最高峰、キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークス(英GⅠ)。世界の舞台へ名乗りを上げたハーツクライはここを照準に定め、勇躍アスコット競馬場へと乗り込んだ。
レースは激戦となった。6頭立てという少頭数のなか、ハーツクライは3~4番手を進み、ホームストレッチで一旦は先頭に立ったものの、襲い掛かるハリケーンラン(Hurricane Run)、エレクトロキューショニスト(Electrocutionist)と3頭による叩き合いとなり、惜しくも勝ったハリケーンランから1馬身差の3着となった。敗れはしたものの、欧州のタフな馬場で世界のトップオブトップと互角の勝負を繰り広げたこのレースに日本のファンは沸きに沸いた。
しかし橋口やルメールは遠征先の英国で、愛馬に忍び寄っている病に気付きはじめていた。ハーツクライが調教から引き揚げてきた際に、喉が「ヒュー、ヒュー」と音を立てているのを耳にしていたのである。これは喘鳴症、俗に言う「喉鳴り」の症状だった。
喘鳴症とは、喉の筋肉の一部が麻痺して垂れ下がり、気道を狭めてしまう病気で、症状が重くなると競走能力に大きな影響を与える。GⅠホースのダイワメジャーやゴールドアリュールなどが罹患したことでも知られるものだ。
ハーツクライはキングジョージからの帰国後、喉鳴りの症状がよりはっきりするようになった。それがどれだけ競走能力に影響を及ぼすかは分からない段階ではあったが、ジャパンカップに出走を決めた橋口は、同時にこのことをファンに伝えておくべきだと意を決し、マスコミに向けてハーツクライが喘鳴症を発症していることを公表した。実直な橋口の人柄が伝わってくるような行ないだった。
果たしてハーツクライはジャパンカップで勝ったディープインパクトから2秒6も離され、11頭中10着に敗れた。そして橋口はオーナーと協議のうえ、この敗戦は喘鳴症が原因で、これ以上ファンに迷惑はかけられないと、愛馬の引退。そして種牡馬入りを発表した。
本格化を果たし、有馬記念を制してから1年弱。病魔に侵されて、わずか3戦での引退を強いられたことは惜しんでも余りある悲運であった。
種牡馬入りしてからの彼の活躍はご存知の通り。日本のみならず、海外でもG1ホースを生み出し、その総計は13頭にものぼる。産駒にはドウデュースと、橋口が管理したワンアンドオンリーという2頭の日本ダービー馬をはじめ、ジャスタウェイ、シュヴァルグラン、リスグラシュー、スワーヴリチャードなど、錚々たる顔ぶれが揃い、2019年には種牡馬ランキングで自己最高の2位を記録している。
ハーツクライは2020年をもって種牡馬活動から引退。以降も社台スタリオンステーションで功労馬として余生を過ごし、23年の春に22歳でこの世を去った。
勝負ごとに「たら」「れば」が禁物であるとはよく言われることだ。それでも、「もし喉鳴りさえ起こらなければ、どこまで強くなったのだろう」と、つい夢想したくなるのがハーツクライの競走生活であり、種牡馬として大成功を収めたことを知ると尚更のことである。そうした叶わぬ夢に思いを致すのもまた競馬に接したがゆえの楽しみであり、同時に歯がゆさでもあると、ハーツクライを思い出すたびに感じる。
文●三好達彦
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しかし橋口やルメールは遠征先の英国で、愛馬に忍び寄っている病に気付きはじめていた。ハーツクライが調教から引き揚げてきた際に、喉が「ヒュー、ヒュー」と音を立てているのを耳にしていたのである。これは喘鳴症、俗に言う「喉鳴り」の症状だった。
喘鳴症とは、喉の筋肉の一部が麻痺して垂れ下がり、気道を狭めてしまう病気で、症状が重くなると競走能力に大きな影響を与える。GⅠホースのダイワメジャーやゴールドアリュールなどが罹患したことでも知られるものだ。
ハーツクライはキングジョージからの帰国後、喉鳴りの症状がよりはっきりするようになった。それがどれだけ競走能力に影響を及ぼすかは分からない段階ではあったが、ジャパンカップに出走を決めた橋口は、同時にこのことをファンに伝えておくべきだと意を決し、マスコミに向けてハーツクライが喘鳴症を発症していることを公表した。実直な橋口の人柄が伝わってくるような行ないだった。
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ハーツクライは2020年をもって種牡馬活動から引退。以降も社台スタリオンステーションで功労馬として余生を過ごし、23年の春に22歳でこの世を去った。
勝負ごとに「たら」「れば」が禁物であるとはよく言われることだ。それでも、「もし喉鳴りさえ起こらなければ、どこまで強くなったのだろう」と、つい夢想したくなるのがハーツクライの競走生活であり、種牡馬として大成功を収めたことを知ると尚更のことである。そうした叶わぬ夢に思いを致すのもまた競馬に接したがゆえの楽しみであり、同時に歯がゆさでもあると、ハーツクライを思い出すたびに感じる。
文●三好達彦
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