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食と体調管理

「子どもたちが公園でラグビーをしてくれる日が来るなんて」田中史朗が感じる日本ラグビーの変化と成長。過酷な競技を続けるための食習慣

吉田治良

2023.08.01

写真:NECグリーンロケッツ東葛

写真:NECグリーンロケッツ東葛

■これからのこと、次世代への期待

──コロナでリーグが中断するなどダメージはありましたが、19年ワールドカップ後には新リーグのリーグワンもスタートし、すでに2シーズン目が終わりました。トップリーグ時代から長く第一線でプレーしてこられた田中選手の目に、日本ラグビーの変化はどう映っていますか。

 シンプルに意識が変わりましたね。特に日本人選手の意識が大きく変わりました。ちょっとラグビーがうまいから、なんとなくリーグワンでプレーしているのではなく、明確に日本代表を意識してプレーしている選手がすごく増えたなと思います。本気でぶつかっているからこそ、試合中のケンカも多くなりました。

 僕の若い頃は、日本代表に入っても特別いいこともなくて、そんなに興奮もしなかったんです。でも、いまの若い選手たちは代表入りを大きな目標にしていて、日本代表になることに誇りを感じてくれています。

 ただ、だからこそ僕は彼らによく言うんです。「本当に代表になりたければ、普通ではダメだよ」って。周りを見れば、自分よりも頑張っている人は絶対にいるはずだから、その人を超えないと代表にはなれないよと、いつも口酸っぱく言っていますね。

──若い選手の意識が変わってきたのも、田中選手をはじめとした先人たちが歴史を作ってきたからだと思います。

 現役の僕たちだけじゃなく、これまで日本のラグビーの歴史を支えてこられた多くの人たちの努力があったからこそ、です。

 敗北の歴史もあって、いまがあるということを、若い選手たちに分かってほしいですし、それは中学や高校の指導者の方々にも伝えてもらいたいなと思いますね。

──NECグリーンロケッツ東葛でプレーされた昨シーズン、田中選手は出場機会が限られ、残念ながらチームも2部に降格してしまいました。プレーヤーとして、ご自身の近未来像をどのように描いていますか?

 ずっとラグビーを続けたいという想いはありますが、年齢(38歳)もあって徐々に身体が思うように動かなくなってきているのも事実です。ですから、これからはプレーだけではなく、普及活動などを通して日本ラグビーをさらに盛り上げていくことも、自分に与えられた役割だと思っています。

 もちろん、もっと試合に出て、プレーヤーとしてまだまだできるんだというところも、多くの人に見てもらいたい。
 
 僕みたいに身体の小さな選手が、この年齢になっても頑張っている姿を見せられれば、それで勇気づけられる方もいると思うんです。まずはグリーンロケッツを1部に上げることが目標ですが、今後は自分のためだけではなく、いろんな人のためにラグビーをやっていきたいですね。

──いままでとは少し違った形で日本ラグビーの発展に関わっていきたい?

 そうですね。ラグビー教室など普及活動を通して、自分の経験を若い人たちに伝えていきたい。小さな頃から高いレベルを意識してプレーさせてあげれば、将来のアドバンテージにもなりますから。

──若年層のレベルは上がっていますか?

 かなり上がっていますね。まず、僕たちが子どもの頃とは意識が違います。いまは世界のラグビーをテレビなどで簡単に見られる時代なので、そこは本当に大きい。すごいなって才能を感じる選手もたくさんいますし、これからが楽しみです。

──将来的には指導者を目指されているんですか?

 そんな話もジェイミー(現日本代表ヘッドコーチ)をはじめ、周り方々に言っていただけるので、将来的には日本代表のヘッドコーチもやってみたいと漠然と考えることもありますが、そこを考えると選手として終わってしまいますからね。まずはできるところまで、現役選手として走り続けたいと思っています。
 

田中史朗(たなか・ふみあき)
1985年1月3日生まれ/京都府出身/166㎝・75㎏
伏見工業-京都産業大-三洋電機(現埼玉パナソニックワイルドナイツ)-横浜キヤノンイーグルス-NECグリーンロケッツ東葛

伏見工業の3年次に花園でベスト4、京都産業大でも4年次に準決勝進出の立役者に。三洋電機(現パナソニック)では1年目からスクラムハーフのレギュラーに定着。チームのトップリーグ(現リーグワン)優勝に貢献するとともに、自身も新人賞、ベスト15に輝いた。2012年には世界最高峰のスーパーラグビー(ハイランダーズ)に日本人として初めて参戦。日本代表としては11年、15年、19年のW杯に3大会連続出場を果たす。19年にキヤノンに加入、21年からはNECでプレーしている。

●取材協力:株式会社SIXINCH.ジャパン

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