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高校野球

KKコンビに江川、松坂、マー君ら“怪物“たち…夏の甲子園史上最強選手は一体誰だ?【SLUGGERが選ぶ本当にスゴイ夏の高校球児ベスト20:1~10位】

筒居一孝(SLUGGER編集部)

2023.08.06

清原(左)、桑田(右)の“KKコンビ”。甲子園史でも随一の名選手2人が同じチームにいたのだからすごい。写真:産経新聞社

清原(左)、桑田(右)の“KKコンビ”。甲子園史でも随一の名選手2人が同じチームにいたのだからすごい。写真:産経新聞社

 8月6日からいよいよ第105回全国高等学校野球選手権大会が開幕する。大会に先立つ5日には朝日放送で『ファン1万人がガチで投票 本当にスゴいと思う高校野球選手総選挙2023』が放映され、松坂大輔(横浜)が1位になった。そこでSLUGGER編集部でも、「選手としての活躍や印象度」「チームの成績」などを評価基準に、甲子園のヒーローベスト20をランク付けした(30校以上での大会となった1965年以降の選手を対象)。今回は1~10位を紹介する。

※出場歴は夏の甲子園のみ

●10位 中村奨成(広陵/2017年)

 たった1度の甲子園で歴史に残るスラッガーとして名を残した超高校級の捕手。3年ぶりの県大会優勝を飾って進出した聖地にて、1回戦の中京大中京戦から中村伝説が幕を開ける。いずれも外角のストレートを叩いて、逆方向へ1試合2本塁打。2回戦と3回戦でも3試合連続となる一発を放ち、清原和博の持つ大会5本塁打の記録に王手をかける。この時点で「記憶にも記録にも残るキャッチャーになりたい」と宣言した通り、準決勝の天理戦ではいずれもバックスクリーンへこれまた1試合2本塁打。決勝では花咲徳栄に大敗したが、大会新記録の6本塁打に加え、17打点と43塁打、19安打(タイ)、6二塁打(タイ)でも歴代最多に名を連ねるなど、あまりにも鮮烈な輝きを放った。

●9位 江川卓(作新学院/1973年)

 夏の甲子園での戦績は2回戦敗退。それでも高校野球史に燦然と輝く“昭和の怪物”として、今もオールドファンの心をつかんで離さないのは、それほどまでに実力が隔絶していたことの証明でもある。甲子園は逃したとはいえ、2年夏は地方大会でノーヒットノーラン2度、完全試合1度と図抜けたピッチングを披露。3年春のセンバツでは準々決勝の今治西戦では20奪三振を奪うなど、4試合(33イニング)で計60三振(奪三振率は驚異の16.36)と怪物の実力を証明した。

 いざ迎えた最後の夏では、1回戦の柳川商戦で延長15回を投げ抜き、23奪三振とこれまた別格の投球。だが、2回戦は結果的にこの大会を制する銚子商業と当たってしまう。強力・黒潮打線を相手に堂々たるピッチングを見せ、試合は0対0のまま延長に突入。だが、試合途中から降りだした雨のため制球に苦しみ始めた江川は、延長12回に1死満塁のピンチを招き、最後の一球は痛恨のサヨナラ押し出し死球。これで江川の高校野球は終わった。プロ入りを蹴ってまで進んだ法政大でも敵なし。プロでもキャリアこそ短かったが、3年目には投手五冠と実力を証明し続けたが、それでも「最も速かったのは高校時代」と言われるなど、やはり作新学院時代の江川は別格の”怪物”だったのだ。
 
●8位 松井秀喜(星稜/1990・91・92年)

 高校時代の甲子園最高成績はベスト8。それでも、“ゴジラ”とあだ名されたほどの打棒は同じ高校生を恐怖させるほどの迫力があった。1年生から4番に座るも90年夏の甲子園では初戦敗退、自らも3打数無安打だったが外野最深部まで運ぶフライを放ち、相手投手を「あそこまで飛ばすのか」と絶句させたとの逸話が残る。2年時は2回戦で甲子園初ホームランを放ち、3年春のセンバツでは1試合7打点の大会記録も樹立した。

 そして92年夏、大会最大注目のスラッガーとして最後の夏を迎えた松井は、初戦の明徳義塾戦で甲子園史上最も物議を醸した騒動に巻き込まれる。「高校生の中に一人だけプロの選手が混じっていた」と松井への警戒を強めた明徳義塾の馬淵史郎監督が、何と5打席連続で敬遠を指示。スタンドから怒号が飛び、モノが投げ入れられる騒ぎにもなったが、松井はすべての打席で淡々とバットを置いて一塁に歩いた。結局、この試合で敗れて甲子園を去ったが、明徳義塾の作戦への賛否と松井秀喜という名前は高校野球ファンの枠を超えて社会現象的に広がっていくこととなった。

●7位 荒木大輔(早稲田実業/1980・81・82年)

 荒木の高校野球は実質的に1年夏がハイライトだった。弱冠16歳の少年が全国に巻き起こした“大ちゃんフィーバー”は、甲子園史上最大級の旋風となった。東東京大会では控えの三塁手としてベンチ入りしたが、大会直前でエースが故障して急遽投手へスライド。準決勝の帝京戦で完封、決勝の二松学舎大付戦でも4失点完投でチームを2年ぶりの甲子園に導き、伝説のプロローグが幕を開けた。

 甲子園では1回戦の北陽戦を皮切りに、全国の強豪を相手に準決勝まで堂々たるピッチング。5試合で4完封、実に44.1回連続無失点と抑え込み、その活躍ぶりと端正なルックスから全国で人気が沸騰。試合だけでなくバス移動や練習中のグラウンドにも女性ファンが大挙詰めかけた。また、「大輔」が命名ランキング1位(松坂大輔の名前の由来も荒木である)になるなど、“大ちゃんフィーバー”は高校野球の枠にとどまらない一大ムーブメントとなった。
 
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