チームの「成功の基準」は予算規模や戦力状況、それまでの歴史などによってそれぞれ違う。そうだとしても、究極の目標がワールドチャンピオン獲得にあることだけは共通している。2010年代におけるア・リーグ西地区5球団の歩みを振り返りつつ、5段階評価の通信簿形式でディケイドを総括してみよう。
※A=よくできました、B=まずまずです、C=可もなく不可もなく、D=がんばりましょう、E=ガッカリです
▼ヒューストン・アストロズ
【評価】よくできました(A)
2011年から3年連続100敗以上を喫したが、17年から今度は3年連続100勝をクリア。ディケイドの始まりと終わりでこれほど一変したチームは他にないだろう。すべてが変わったのは11年オフ、新オーナーのジム・クラインがジェフ・ルーノーをGMに招聘してからだった。一時はローカルテレビ視聴率でゼロ%を記録するなど徹底的な低迷期を経て、ルーノーGMはドラフトや育成を通じて徐々にチームを強化。17年には創設以来初のワールドチャンピオンをもたらした。
アストロズの躍進は、10年代に球界全体に浸透したデータ革命の「光と影」を象徴している。もちろん「影」とは、勝利至上主義の果てに行き着いたサイン盗み問題のことだ。ルーノーGMが解任された今、アストロズは20年代における新たなアイデンティティを確立できるだろうか?
▼ロサンゼルス・エンジェルス
【評価】ガッカリです(E)
2000年代は球団史上初の世界一を達成した02年を含めて計6度のプレーオフ出場。11年オフにアルバート・プーホルスを獲得し、12年はマイク・トラウトが大ブレイク、同年オフに今度はジョシュ・ハミルトンの補強にも成功した。00年代に続く黄金時代到来と思いきや、結果的に10年代のプレーオフ出場は14年の1回のみと失望の結果に終わった。
補強の失敗やトラウト以外の若手の伸び悩みもあったが、意外なことにディケイド通算のレギュラーシーズン勝利数は822で世界一3度のジャイアンツ(821)をわずかに上回る。再建モードに突入することなく戦い続けた結果と見るべきか、それともどっちつかずの状況を放置した結果と見るべきなのか。いずれにしても、球界の至宝トラウトの類稀な才能が大舞台で発揮される機会を浪費した罪は大きい。
※A=よくできました、B=まずまずです、C=可もなく不可もなく、D=がんばりましょう、E=ガッカリです
▼ヒューストン・アストロズ
【評価】よくできました(A)
2011年から3年連続100敗以上を喫したが、17年から今度は3年連続100勝をクリア。ディケイドの始まりと終わりでこれほど一変したチームは他にないだろう。すべてが変わったのは11年オフ、新オーナーのジム・クラインがジェフ・ルーノーをGMに招聘してからだった。一時はローカルテレビ視聴率でゼロ%を記録するなど徹底的な低迷期を経て、ルーノーGMはドラフトや育成を通じて徐々にチームを強化。17年には創設以来初のワールドチャンピオンをもたらした。
アストロズの躍進は、10年代に球界全体に浸透したデータ革命の「光と影」を象徴している。もちろん「影」とは、勝利至上主義の果てに行き着いたサイン盗み問題のことだ。ルーノーGMが解任された今、アストロズは20年代における新たなアイデンティティを確立できるだろうか?
▼ロサンゼルス・エンジェルス
【評価】ガッカリです(E)
2000年代は球団史上初の世界一を達成した02年を含めて計6度のプレーオフ出場。11年オフにアルバート・プーホルスを獲得し、12年はマイク・トラウトが大ブレイク、同年オフに今度はジョシュ・ハミルトンの補強にも成功した。00年代に続く黄金時代到来と思いきや、結果的に10年代のプレーオフ出場は14年の1回のみと失望の結果に終わった。
補強の失敗やトラウト以外の若手の伸び悩みもあったが、意外なことにディケイド通算のレギュラーシーズン勝利数は822で世界一3度のジャイアンツ(821)をわずかに上回る。再建モードに突入することなく戦い続けた結果と見るべきか、それともどっちつかずの状況を放置した結果と見るべきなのか。いずれにしても、球界の至宝トラウトの類稀な才能が大舞台で発揮される機会を浪費した罪は大きい。