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無類のタフネスを誇った“悪太郎”――通算324勝の大エース、ドン・サットンの肖像〈SLUGGER〉

豊浦彰太郞

2021.01.26

日本の“悪太郎”堀内恒夫と同じく、大きく曲がるカーブを武器にしたサットン(写真)。それに加えて卓越した制球力も持ち味だった。(C)Getty Images

日本の“悪太郎”堀内恒夫と同じく、大きく曲がるカーブを武器にしたサットン(写真)。それに加えて卓越した制球力も持ち味だった。(C)Getty Images

 ドジャースのハート&ソウル、トミー・ラソーダ元監督が93歳で大往生してから11日後の1月19日、今度はドジャース史上最多の233勝を挙げた大エース、ドン・サットンが天に召された。享年75歳。20年近く癌と闘病した末のことだったという。

 サットンは無類のタフネスで知られた右腕だった。1966年から88年までの23年間で挙げた史上14位の324勝(256敗)もさることながら、歴代3位の756先発、同7位の5282.1投球回を誇る。200投球回以上のシーズンは実に20度。また、故障者リスト入りとはついぞ無縁で、先発登板を回避したのもラストイヤーの88年にただ一度だけと、まさに驚異的な頑丈さだった。
 
 デビューからの15年間はドジャースに在籍。その後はアストロズ、ブルワーズ、アスレチックス、エンジェルスのユニフォームにも袖を通したが、最終年には再びドジャースに戻った。これほどまでの実績を残しながら、殿堂入りは資格を得てから5年目。20勝以上が1度(76年)だけと、圧倒的な成績を残したシーズンがなかったのが影響したようだ。引退後はブレーブスを中心に、ブロードキャスターとしても長く活躍した。

 個人的には、77年のヤンキースとのワールドシリーズでの勇姿が目に焼き付いている。このシリーズはNHKが放送したが、衛星放送やストリーミングでいつでもMLBと接することができる今と違い、当時の「大リーグ」はお茶の間(死語)で観戦できること自体がもう“事件”だった。サットンはシリーズ初戦で先発を務め、7回3失点と好投したが、後続が打たれてドジャースは延長12回裏にサヨナラ負け。ビデオデッキはまだ普及しておらず、テレビ放送も一期一会だった。ドリフのカトちゃんではないが、宿題を片付け、銭湯にも行ってテレビの前で正座して観戦した。
 

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