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闘病中の手紙が解き明かしたルー・ゲーリッグの真実――最後まで誇りを失わなかった“不屈のヒーロー”<SLUGGER>

SLUGGER編集部

2021.06.05

エレノア夫人(左)とゲーリッグ(右)。ゲーリッグの写真にはこのように紳士的な笑みを浮かべた姿が多く、穏やかな人柄がうかがえる。(C)Getty Images

エレノア夫人(左)とゲーリッグ(右)。ゲーリッグの写真にはこのように紳士的な笑みを浮かべた姿が多く、穏やかな人柄がうかがえる。(C)Getty Images

 プロ野球ドラフト会議の司会を務めたことでも知られる元パ・リーグ広報部長にしてメジャーリーグ解説者のパンチョこと故・伊東一雄氏は、著書でルー・ゲーリッグのことを“ザ・クワイエット・ヒーロー(静かなる英雄)”と呼んでいた。同時代に同じヤンキースで活躍したベーブ・ルースが気ままな放蕩児として知られたのに対し、ゲーリッグは物静かで忍耐強い人格の持ち主だったからだ。

 その不屈さが、2130連続試合出場の偉業をゲーリッグに達成させた。球界で最も頑強な選手として知られた彼が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病のために37歳の若さでこの世を去ったのは、まさに歴史の皮肉と言うしかない。だが、そのような不幸に見舞われてもなお、ゲーリッグは最後まで誇り高く生きた。
 
 6月2日の「ルー・ゲーリッグ・デー」初開催にあたって、MLB公式サイトはゲーリッグについての特集をいくつも組んだ。その中に、闘病中にゲーリッグが遺した手紙についての記事がある。2005年に伝記『Luckiest Man: The Life and Death of Lou Gehrig』を著したジョナサン・エイグは、ゲーリッグが医師との間に交わしていた手紙を数多く発見。そこからは、病状が悪化する中で楽観と恐怖の間を揺れ動きながらも、ゲーリッグが現役時代と何ら変わらぬ勇気と忍耐を示していたことが分かるという。

 ALSが不治の病だということは、ゲーリッグは診断が下された当初からすでに知っていたようだが、それでも彼は希望を捨てようとはしなかった。1939年12月、ALSから奇跡的に回復したとされる指揮者アル・ライザーと会った後、ゲーリッグは「私はヒーローになりたいわけではないし、子供のように泣きわめくのはもっと嫌だ。だが、この病気が治るということがもし事実であるなら、そのことは知りたい」と希望を込めて書いている。
 

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