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「子どもたちはやってみたいに決まってる」エンジェルスの“もう一人の二刀流選手”ローレンゼンの思い<SLUGGER>

ジェフ・フレッチャー

2022.04.03

かつては二刀流として鳴らしたローレンゼンだが、今季は念願の先発投手一本で勝負する。(C)REUTERS/AFLO

かつては二刀流として鳴らしたローレンゼンだが、今季は念願の先発投手一本で勝負する。(C)REUTERS/AFLO

 2013年にレッズでプロのキャリアをスタートさせた時、マイケル・ローレンゼンは二刀流選手になりたいと思っていた。だが、球団がそれを認めなかった。

「そんなことは不可能だ」と球団はローレンゼンに言った。「絶対に無理だ」。

 ローレンゼンがメジャー4年目を迎えた18年、球団はついに折れた。ジム・リグルマン監督代行は、彼を代打兼リリーフ投手として起用するようになったのだ。何が状況を変えたのか? その年、大谷翔平がメジャーリーグにやってきたのだ。大谷がエンジェルスで華々しい活躍を見せ、メジャーリーグでの二刀流選手に対する考え方が変わった。不可能だったことが、突然、可能になった。

 ローレンゼンは二刀流で成功を収めた。その年、彼は34回打席に立って打率.290、4本塁打を記録した。そして投手といては45試合に登板、81イニングで防御率3.11という好成績を残した。

 翌年も彼は二刀流選手としてさらにチャンスを得た。29試合で外野を守り、打率は.209と振るわなかったが、6試合で先発出場も果たした。また、投手としても73登板で83.1イニングを投げた。さらにその年、彼は1試合で本塁打・勝利・守備出場を達成するという、ベーブ・ルース以来初の記録も達成した。
 20年と21年は怪我もあって二刀流の才能を披露する機会はほとんどなかったローレンゼンだが、エンジェルスと契約して大谷のチームメイトとなった今年、二刀流として活躍した当時を懐かしく振り返った。

「あの頃はすごく楽しかった」とローレンゼンは言う。

「すべてをシンプルに捉えるよう心がけていた。(二刀流は)やらなければいけないことがとにかくたくさんあるからね。代走や代打の準備もあるし、ブルペンから呼ばれるんだ。『ヘイ、この回の2人目で代打で出るからこっちに来てくれるか?』なんていう感じでね。そこで俺はブルペンからバッティンググラブを持ってダグアウトに駆けつけて、打席に立つわけさ。本当に楽しかったよ」

 二刀流でのプレーを心から楽しんでいたローレンゼンだが、彼が本当に望んでいたのは先発として投げることだった。今回、エンジェルスがそのチャンスを与えてくれたのだ。自前のヘルメットを持ち、キャンプ序盤に打撃練習を1回こなしたローレンゼンだが、今は先発投手としての役割にほぼ集中している。
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