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「彼の声を聞けば、映像なんて要らない」67年間ドジャース戦の実況を務めたヴィン・スカリーとファンの“幸福すぎる関係”<SLUGGER>

出野哲也

2022.08.09

軽妙洒脱でユーモラスな実況でも知られたスカリー。1イニング通じて「ひげの歴史」について語ったこともあった。(C)Getty Images

 8月2日(現地時間)、ドジャース戦の実況アナウンサーとして67年の長きにわたってファンに親しまれたヴィン・スカリーが、94年の人生に幕を下ろした。

 彼の名は「同一球団で最も長期間実況を務めた人物」としてギネスブックにも掲載されている。米スポーツ専門誌『Sports Illustrated』が2006年に選定した、すべてのスポーツを通じての史上最高の実況者ランキングでも2位にランクされた名アナウンサー。ゴルフやテニスなどの実況にも携わったが、本領はやはり野球中継で、ハンク・アーロンが通算本塁打の新記録を達成した場面(1974年)など、球史における数多くの名シーンに立ち会ってきた。6日のパドレス戦では、試合前にスカリーを偲ぶセレモニーも執り行なわれた。

 ドジャースのデーブ・ロバーツ監督が「チームのメンバー、そしてドジャースファンはみな、彼を家族の一員のように思っていた。何世代にもわたって、彼の声は我々の居間に響いていたのだ」と語れば、大エースのクレイトン・カーショウも「ドジャースの歴史を思い返すことは、ビンの歴史を思い返すことだ」という言葉を、スカリーと一緒に撮った画像を添えてツイッターに投稿した。
 
 元サイ・ヤング賞投手のデーブ・スチュワートも「野球放送とはどうあるべきかという模範を示してくれた」と綴るなど、現役、OBを問わず、数多くのドジャース関係者がその死を惜しんだ。野球界にとどまらず、NBAロサンゼルス・レイカーズのレブロン・ジェームス、女子テニス界の伝説的存在であるビリー・ジーン・キングらも哀悼のメッセージを寄せた。

 冒頭に「ドジャース戦の実況アナウンサー」と記したのは、スカリーは特定の放送局で働くアナウンサーではなかったからである。日本の野球中継とは違い、アメリカでは球団専属のブロードキャスト・チーム(実況アナウンサーとコメンテーター)が、ホームゲームだけでなく遠征にも帯同して、ほぼ全試合で放送に当たる。

 放映権を持つ局が変わってもその体制は引き継がれるので、スカリーのようにキャリアが長く、何十年も同一チームの試合を見続けていれば、そのチームの歴史の証人、生き字引のような存在になる。視聴者にとって専属アナウンサーは、移籍や引退によっていつかは必ずチームを去る選手たち以上に、親しみの湧く存在となるわけだ。

 メジャーリーグではどのチームにも必ずこのような名物アナウンサー、人気実況者がいる。カブスの故ハリー・ケリーやカーディナルスのジョン・バック、現役ではヤンキースのマイケル・ケイがその代表。ブルワーズのボブ・ユーカー、ジャイアンツのデュアン・カイパーのように、球団OBがアナウンサーと解説者を兼ねたブロードキャスターとなる例もある。人気と功績のあったアナウンサーを永久欠番と同等に遇する球団も多く、野球殿堂でも彼らを顕彰するコーナーがある。その存在感は単なる「実況担当」の枠をはるかに超越しているのだ。
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スカリーの声とドジャースの試合は同一と言ってもいいくらい