プロ野球

凶夢に、円形脱毛症…。極度の不振による地獄の日々と葛藤した藤浪晋太郎。それでも折れなかった心「もっとうまくなりたい」

チャリコ遠藤

2023.01.17

ここ数年は極度の不振から試行錯誤を繰り返してきた藤浪。それでも彼はメジャー移籍の「夢」を諦めはしなかった。写真:産経新聞社

 もっと早く、そしてもっと華麗に、海を渡るはずだったのかもしれない。

 現地1月11日、阪神タイガースからポスティングシステムを利用してメジャー移籍を目指していた藤浪晋太郎が、アメリカン・リーグ西地区のオークランド・アスレティックスと契約合意に達した。

 かつてスモールベースボールを駆使した「マネーボール」で脚光を浴びた歴史ある球団であるアスレティックスは、目下、多くの主力を放出しての再建の真っただ中。そんなチームと藤浪が結んだのは、年俸325万ドル(約4億2000万円)の1年契約だ。

 今オフに同じく移籍が決まった吉田正尚(ボストン・レッドソックス)や千賀滉大(ニューヨーク・メッツ)の大型契約と比べれば、スケールダウンは否めない。だが、これがNPBでの紆余曲折のキャリアを歩んだ末に夢の舞台へたどり着いた28歳の"現在地"をリアルに表しているとも言える。
 
 藤浪も自らの立場を重々承知しており、大型の複数年契約といった"ビッグディール"は鼻から頭になかった。

 ポスティングでのメジャー挑戦の意思を正式に表明した昨年10月の中旬。「(契約に関して)基本的にはあれこれはなくて。その立場の選手じゃないので。提示されたところで良い条件があれば、そこと交渉させてもらいたいと思っています」と語った言葉に偽りはない。陳腐な表現になってしまうが、何よりも重視したのは「夢の実現」だった。

 公にはしてこなかったが、藤浪は阪神に入団した当時から最高峰のマウンドであるメジャーリーグを意識し、「将来的に、チャンスがあれば挑戦したい思いはある」と秘めてきた。同世代で、高校時代から"ライバル"と称されてきた大谷翔平(エンジェルス)と比べると想像以上の遠回りにはなったものの、道の途中で経験した苦闘や極度の不振にも心は折れず。夢は夢のまま胸の中にあり続けた。

 近年は、とにかくもがき苦しんだ。高卒1年目から1軍のローテーション入りを果たして3年連続の2桁勝利をマーク。自他共に認める「虎の若きエース」の称号を背負った右腕が、いつしか負のスパイラルにはまったのは、プロ5年目の2019年以降だった。制球難に陥っては、自分に合うフォームを喪失。気づけば、年が明ける度に新たなフォームを試すのが当たり前になっていた。
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