高校野球

「フライ=悪」ではない。セオリーとは一線を画す慶応の“マインド”が勝利を呼び込んだ【氏原英明が見た甲子園:第10日】<SLUGGER>

氏原英明

2023.08.17

独特の指導スタイルで知られる慶応・森林監督。優勝候補の広陵を撃破してチームをベスト8に導いた。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 今大会注目のスラッガーの所作に記者席がざわついた。

 慶応と広陵が激突した3回戦、3対3の同点で迎えた9回裏の広陵の攻撃でのことだ。

 先頭の2番・谷本颯太が右翼前安打で出塁した後に打席に入った3番の眞鍋慧がバントの構えを見せたのである。結果はサードへの小フライになり、広陵はこの回、無得点に終わってサヨナラのチャンスを逃した。

「サインは引っ張れということだったんですけど、本人が決めたことです」

 試合後、広陵・中井哲之監督はそう説明したが、真鍋を責めることはなかった。

 問題はサイン通りに従わなかったことではない。眞鍋自身というよりも、広陵ナインの中にあるマインドセットにあるのではないかと思った。

 3回戦屈指の好カードとされたこの一戦は、両チームのマインドの違いが勝負を分けたように思う。

 試合は慶応の先制パンチから始まった。

 1回表、2つの四球などで2死二、三塁のチャンスをつかむと、5番の延末藍太が左翼前に落とす適時打で2点を先制。3回にも四球と安打などで1死二、三塁として、延末の二塁ゴロの間に1点を追加した。
 広陵は先発の高尾響の立ち上がりが不安定なところで先手を取られたが、3回裏、4番の小林隼翔のタイムリーで1点を返す。そして、高尾がエンジンの回転数を上げて、慶応打線を封じていくと、少しずつ試合のペースを握っていった。
 
 6回裏に9番・松下水音の適時打で1点差に迫ると、7回裏にも眞鍋、小林の連打で1死二、三塁のチャンスを作り、6番の只石貫太の遊撃ゴロの間に三塁走者が生還して同点に追いついた。

 広陵の高尾は投げるごと安定感を増して、慶応打線に付け入る隙を与えなかった。

 そんな中で9回裏の局面を迎えていたのだった。しかし、広陵はチャンスをつかみきれず、タイブレークの延長戦にもつれた。

 10回表、先攻の慶応は1番から始まる好打順。先頭の丸田湊斗が右翼前安打を放ち無死満塁とチャンスを拡大する。続く2番の八木陽はレフトフライに倒れるも、3番・渡辺千之亮の二塁ゴロを広陵守備陣がミスし、慶応に1点が入った。

 ただ、タイブレークの性質上、1点ではなかなか勝ち切ることができない。

 追加点を奪いたい慶応とゴロで併殺を狙いたい広陵の綱の引っ張り合い。4番の加藤右悟はセカンドフライに倒れるも、5番の延末がライト前に運ぶ2点タイムリーを放つ。計3点を奪って試合を大きくリードしたのだった。

 10回裏、広陵は2死満塁としたが、最後は1番の田上夏衣が三振に倒れて無得点。6対3で慶応が勝利した。

 広陵は13安打を放ちながら3点しか奪えなかった。痛烈なライナーを意識したバッティングは確かに力強かったが、それだけにどうしても議論の矛先は9回の眞鍋の送りバント失敗に向かってしまうのは仕方ないことだろう。
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「ゴロでは長打にはならないですから」