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【玉木正之のベースボール今昔物語】長嶋ジャイアンツの千本ノックに落合博満の“謎の”居残り練習...「ベースボール・プレイヤーの神髄」が詰まったキャンプの光景<SLUGGER>

玉木正之

2025.02.13

08年までドジャースのキャンプ地だった旧ドジャータウンの看板。著者がこの地で目撃した“ベースボールの神髄”とは……?(C)Getty Images

08年までドジャースのキャンプ地だった旧ドジャータウンの看板。著者がこの地で目撃した“ベースボールの神髄”とは……?(C)Getty Images

 私が初めてプロ野球のキャンプを取材したのは、1979年10月28日から約1ヵ月間、静岡県伊東市で行われた読売ジャイアンツの秋季キャンプだった。

 当時、長嶋茂雄監督率いるジャイアンツは2年連続してペナントを逃していた(78年2位→79年5位)。おまけにクラウンライター・ライオンズ(現西武)のドラフト1位指名を拒否し、1年後に「空白の1日」を利用してジャイアンツへの入団を画策した江川卓と巨人に、世間の非難が集中した直後でもあった。長嶋監督は若手選手を思いきり鍛え直すつもりで、「地獄のキャンプ」とも呼ばれた猛練習を繰り返したのだった。

 今も、その時の光景は覚えている。たとえばベースランニングや坂道ダッシュ、千本ノック……長時間の練習の後で長嶋監督自らピッチングマシンを操作して、居残りの打撃練習に付き合った。秋の太陽が早く沈んで周囲が暗闇になり、当時25歳だった中畑清や松本匡史が「暗くてボールが見えません」と言っても、長嶋監督は「集中すれば見える!」と叫び、かすかな照明の仄暗いなかで打撃練習を続けさせたのだった。

 そんな長嶋監督に「地獄のキャンプと誰もが言ってますが……」と話しかけると、こんな答えが返ってきた。

「地獄と言いましてもねえ。何も選手に針の山を歩かせたり、血の池に落としたりしてるわけじゃありませんで、野球をやらせてるわけですよ。野球を好きな連中に野球をやらせているわけですから、何と言われようが、本当は楽しいはずですよ。それに地獄は確かに苦しいところかもしれませんが、若い人達にとって、果たして天国が楽しいものかどうか……。蓮の花の咲いた綺麗な池の横で、お釈迦様と一緒にじっと座ってるなんて、お年寄りにはいいでしょうが、若者は退屈してしまうんじゃないですか。そんな退屈なところに較べれば、野球地獄なんて、むしろ楽しさいっぱいのところと言えるでしょう……」(拙著『定本・長嶋茂雄』文春文庫より)
 
 そのとき私は、あまりに素晴らしい長嶋監督の言葉に、心の底から納得したのだった。

 長嶋監督は、「千本ノック」と呼ばれた猛特訓についても、こう表現された。

「あれは下半身を鍛えるのに良いんです。股を開いて腰を落としてね。下半身を鍛えるには、スクワットとかマシンを使った練習とか、いろいろあるでしょうが、僕ら野球選手は、ボールを捕ったり投げたりして鍛えるほうが愉しいですからね」

 これこそベースボール・プレイヤーの神髄と言える言葉だろう。

 現役を引退した長嶋さんが、子供の野球教室でコーチを務められたときも、興味深いできごとがあった。ノックを受けて、ゴロを処理するときのことだったが、長嶋さんは腰を落としてグラブを動かしながら、こんなふうに子供たちに話しかけた。

「グラブは下から上へ動かすこと。必ず下から上へ。両脇を締めて下から上へ動かす。バットを持って内角球を打つときも同じ。両脇を締めて一塁へ送球するフォームで、内角球を打つわけだよね……」

 と言いながら長嶋さんは、下から上へ動かすグラブでゴロを処理した姿から、続けて内角球を打つバットスイングへと、流れるようにフォームを移行させたのだった。

 このときばかりは、立って聞いていた10人以上のユニフォーム姿の少年たちは、目を丸くしてキョトンと驚いた表情を見せていた。が、私は、長嶋さんの美しい身体の動きや身のこなしに、思わず「お見事!」と声をかけたくなったのだった。
 
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