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MLB

スピットボールで殿堂入り――不正投球の歴史が示すアメリカ野球の「大らかさ」と「弱肉強食精神」<SLUGGER>

出野哲也

2021.06.27

 フォードはやすり付の特製指輪でボールに傷をつけ、打たれた時は「畜生、刻みが足りなかったか」と毒づいていたという。50年代の好投手プリーチャー・ローは「良心の呵責なんて感じたことはない」と言い放ち、引退後には『スポーツ・イラストレイテッド』誌上で、写真入りで不正投球の投げ方を公開した。

 不正投球の”第一人者”と誰もが認めていたのがゲイロード・ペリーだった。彼は現役中に記した自著において「ワセリン、爪やすり、KYゼリー、汗……試してみなかったのは塩胡椒とチョコレートソースくらいだった」と、まるで自慢するかのように述べている。ボールやグラブ、ユニフォームなどに何か隠していないか審判に何度も調べられても長い間証拠をつかまれることはなかったが、22年目の82年に初めて退場処分となっている。ただ本人は「その時に投げたのはフォークボール。審判はボールを確かめもしないで退場させた」と不満を洩らしていた。

 もっともペリーはスピットボールだけでなく、カーブ、チェンジアップ、シンカーなどの質も高かった。怪しげな球の使い手との評判を利用し、打者を疑心暗鬼に陥らせて精神的に優位に立っていたのだ。インディアンス時代の72年、パドレス時代の78年と両リーグでサイ・ヤング賞に輝き、これは史上初の偉業。通算3000奪三振、300勝もクリアしているが、不正投球だけでこれほどの実績を残したわけではない。
 スピッター禁止令施行後も、これまで13人が不正投球で退場を命じられている。この間、打者が違反バット使用で退場になったケースは6回。打者は打者でイカサマに手を染めていたわけだが、件数が違反投球の半数以下なのは、バットに穴を開けてコルクを詰めるなどバットの改造には手間がかかるのに対し、投手は工作が容易だということか。

 ペリーは91年に殿堂入りを果たした。現役時代の実績からすれば当然でも、不正投球の常習犯という評判を考えれば意外な感じを受けるかもしれない。フェアプレー精神を尊ぶ日本球界/社会では、そのような栄誉に浴することは考えにくい。

 しかし、アメリカにおいてはペリーの投球はある種の高等技能、一種の芸術もしくはエンターテインメントと受け止められていた節がある。フォードに関しても同様で、試合中に審判から「あまり目立たないようにやれよ」と忠告されたともいう。今、話題の滑り止めも明らかなルール違反でありながら、大ごとになるまで黙認されてきた。

「イカサマもまた野球の一部」として、あまり目くじらを立てなかったのは、アメリカ球界の良く言えば大らか、悪く言えばいい加減なところ。そしてまた「いかなる手を用いても敵に勝つ」という、弱肉強食精神に富む社会だからこそ、受け入れられていた面もあるのだろう。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。
 
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