しかし戦後になってボールの質も良くなり、打者のパワーも技術も向上。オーバーフェンスのホームランも出るようになり、本塁打王も表彰されるようになる。特に1リーグ時代最後の49(昭和24)年と、セ・パ2リーグ制となった翌50(昭和25)年には、反発力の強いラビットボールと呼ばれるボールが使用され、藤村富実雄(阪神)が46ホーマー、小鶴誠(セ・松竹)が51ホーマー、別当薫(パ・毎日)が43ホーマーを記録。日本のプロ野球もホームラン時代の幕が開いた。が、2年間だけでラビットボールの使用が禁止され、ホームランの新記録は生まれなくなった。
その後、野村克也(南海)と王貞治(巨人)という天才ホームラン打者が出現。63(昭和38)年に野村が52ホーマー、翌年に王が55ホーマーを放ち、小鶴の記録を塗り替える。さらに65(昭和40)年、野村克也がプロ野球史上初の(と、その時思われた)三冠王を獲得した時、改めて記録の存在しなかった戦前の打者のホームラン数が調べ直された結果、巨人の中島治康が38(昭和13)年秋のリーグで、打率.361、10本塁打、38打点と、三冠王と言える記録を残していたことが判明したのだった。
こうしてアメリカでも日本でも、今ではホームランがバッターにとって打撃の“最高の結果”のように評価されるようになったが、それはルースの登場から始まったことだった。だから、マグワイアがルースの記録を大きく上回るというのはメジャーの歴史を書き換える歴史的な出来事と言えた……。
私がそんな風にホームランの歴史を解説すると、その場にいた元ホームラン打者の野球解説者のO氏が黙って席を外した。その時、私はトイレに行かれたのだろうという程度にしか思っていなかったが、番組が終わってからNHKのスタッフは別のことを教えてくれた。
私がホームランの歴史を説明をする前、O氏はホームランの“素晴らしさ”について語っていた。ホームランは、いつの時代も「野球の華」、「最高の出来事」であり、あらゆる打者の「最高の目標」だったと熱弁されていたというのだ。 そこで、私がホームランの「評価されなかった歴史」を話した後、彼が席を外したのは、スタッフと打ち合わせをやり直し、ホームランの「歴史」についてのコメントは小生に任して、O氏はマグワイアがホームランを量産する技術の素晴を話すことにしたというのだ。
番組は滞りなく終わったが、小生のホームランの歴史の話は誰もが初めて聞くことで、少々焦った、ということだったらしい。
私は何も、自分の知識を自慢する気もなければ、スポーツを経験で話す人を「愚者」と呼ぶ気もない。が、テレビやラジオに出演した時に「歴史的に間違った発言」に出会い、困ったことが何度もあったことは事実だ。たとえば……
・「巨人は日本で最初に生まれたプロ野球チームなんだから......(もっとガンバレ)」
・「ヤンキースはアメリカで最も伝統があり、最も人気のあるチーム。巨人軍はヤンキースのようなチーム......」
・「野球の神様ベーブ・ルースは......」
・「ドジャースのユニフォームのドジャーブルー(青)はカリフォルニアの青空、胸番号の赤はカリフォルニアの太陽......」
・大谷翔平がクリケットのバットで打撃練習をした時、「ベースボールはクリケットからが生まれたんですから当然かもしれませんね......」
さて皆さん、どこが間違っているか分かりますか? この連載を読み続けていただくと分かりますから、よろしく!
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
【記事】【玉木正之のベースボール今昔物語:第7回】昔の選手や監督は「記者の野球経験」を重視したものだが……取材で一番大事なのは「キチンとした服装」なのだ!<SLUGGER>
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その後、野村克也(南海)と王貞治(巨人)という天才ホームラン打者が出現。63(昭和38)年に野村が52ホーマー、翌年に王が55ホーマーを放ち、小鶴の記録を塗り替える。さらに65(昭和40)年、野村克也がプロ野球史上初の(と、その時思われた)三冠王を獲得した時、改めて記録の存在しなかった戦前の打者のホームラン数が調べ直された結果、巨人の中島治康が38(昭和13)年秋のリーグで、打率.361、10本塁打、38打点と、三冠王と言える記録を残していたことが判明したのだった。
こうしてアメリカでも日本でも、今ではホームランがバッターにとって打撃の“最高の結果”のように評価されるようになったが、それはルースの登場から始まったことだった。だから、マグワイアがルースの記録を大きく上回るというのはメジャーの歴史を書き換える歴史的な出来事と言えた……。
私がそんな風にホームランの歴史を解説すると、その場にいた元ホームラン打者の野球解説者のO氏が黙って席を外した。その時、私はトイレに行かれたのだろうという程度にしか思っていなかったが、番組が終わってからNHKのスタッフは別のことを教えてくれた。
私がホームランの歴史を説明をする前、O氏はホームランの“素晴らしさ”について語っていた。ホームランは、いつの時代も「野球の華」、「最高の出来事」であり、あらゆる打者の「最高の目標」だったと熱弁されていたというのだ。 そこで、私がホームランの「評価されなかった歴史」を話した後、彼が席を外したのは、スタッフと打ち合わせをやり直し、ホームランの「歴史」についてのコメントは小生に任して、O氏はマグワイアがホームランを量産する技術の素晴を話すことにしたというのだ。
番組は滞りなく終わったが、小生のホームランの歴史の話は誰もが初めて聞くことで、少々焦った、ということだったらしい。
私は何も、自分の知識を自慢する気もなければ、スポーツを経験で話す人を「愚者」と呼ぶ気もない。が、テレビやラジオに出演した時に「歴史的に間違った発言」に出会い、困ったことが何度もあったことは事実だ。たとえば……
・「巨人は日本で最初に生まれたプロ野球チームなんだから......(もっとガンバレ)」
・「ヤンキースはアメリカで最も伝統があり、最も人気のあるチーム。巨人軍はヤンキースのようなチーム......」
・「野球の神様ベーブ・ルースは......」
・「ドジャースのユニフォームのドジャーブルー(青)はカリフォルニアの青空、胸番号の赤はカリフォルニアの太陽......」
・大谷翔平がクリケットのバットで打撃練習をした時、「ベースボールはクリケットからが生まれたんですから当然かもしれませんね......」
さて皆さん、どこが間違っているか分かりますか? この連載を読み続けていただくと分かりますから、よろしく!
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
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