選手たちの服装こそTシャツにGパンで、うち何人かは、コックのように白い前掛けを腰に巻いてプレイしていた。だがゲーム内容は本格的で、投手のボールはスピードこそ遅かったが、オーバースローからきっちりストライクゾーンに決まっていた。
使っていたボールは日本製の軟球。私が日本から来たと言うと、ベンチにいた青年が、このボールのおかげで野球を楽しめるようになったと感謝された。多くのアメリカ人は、草野球も硬式ボールで行うのが普通だったのだ(現代は果たしてどうなのだろうか?)。
ベンチに座っていた青年に、なぜ前掛けをしている人が多いのか訊くと、この野球の試合は“マンハッタン・レストラン・リーグ”で、今日はその決勝戦。スターバックス対マクドナルドの一戦だという。
ナルホド。それで歓声にも熱が入ってるのかと思った次の瞬間、不思議なことが起きた。ある青年が「勤務時間になったから」と言って自転車に乗って内野を横切り、三遊間を駈け抜けて帰ろうとした。その背中に次打者の放った鋭いライナーの打球がぶつかったのだ。さらに、その跳ね返った打球を捕った三塁手が、一塁へ素早く投球。一塁手はベースタッチして、思わずベースを離れていた走者をアウトにしてダブルプレーになったのだが……。
もちろん攻撃側のチームは、自転車に乗った青年の背中に当たったボールをキャッチしたのは、直接捕球にはならないと猛抗議、併殺は不成立だと主張した。それに対して守備側のチームは、自転車に乗って帰ろうとしていた選手は、攻撃側の選手だから守備妨害だを反論した。
結局、1人しかいなかったアンパイアは攻撃側の「守備妨害」という主張を採用した。ただし、直接捕球ではないので一塁走者のベースタッチでのアウトは認めず、2死一塁からの試合再開という「大岡裁き」で幕を閉じたのだった。
私が今も忘れられないのは、猛抗議の最中も両チームの選手全員の笑顔が絶えなかったことだ。結局マンハッタン・レストラン・リーグを制覇したのは、マクドナルドかスターバックスか、その結果を知る前に私はその場を離れて、ブロンクスにある旧ヤンキー・スタジアムへ向かったのだが、カクテル光線に照らされ、ピンストライプのユニフォーム姿で動くメジャーリーガーたちの姿が、白い前掛けをしてTシャツGパン姿で動き回るマンハッタン・レストラン・リーグの青年たちに重なったのだった。
日本で草野球のなくなった頃に見た、アメリカでの草野球。ベースボール・カルチャーの奥行きは深い。あの日見たマンハッタン・レストラン・リーグは、今もまだ続いてるのだろうか?
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
使っていたボールは日本製の軟球。私が日本から来たと言うと、ベンチにいた青年が、このボールのおかげで野球を楽しめるようになったと感謝された。多くのアメリカ人は、草野球も硬式ボールで行うのが普通だったのだ(現代は果たしてどうなのだろうか?)。
ベンチに座っていた青年に、なぜ前掛けをしている人が多いのか訊くと、この野球の試合は“マンハッタン・レストラン・リーグ”で、今日はその決勝戦。スターバックス対マクドナルドの一戦だという。
ナルホド。それで歓声にも熱が入ってるのかと思った次の瞬間、不思議なことが起きた。ある青年が「勤務時間になったから」と言って自転車に乗って内野を横切り、三遊間を駈け抜けて帰ろうとした。その背中に次打者の放った鋭いライナーの打球がぶつかったのだ。さらに、その跳ね返った打球を捕った三塁手が、一塁へ素早く投球。一塁手はベースタッチして、思わずベースを離れていた走者をアウトにしてダブルプレーになったのだが……。
もちろん攻撃側のチームは、自転車に乗った青年の背中に当たったボールをキャッチしたのは、直接捕球にはならないと猛抗議、併殺は不成立だと主張した。それに対して守備側のチームは、自転車に乗って帰ろうとしていた選手は、攻撃側の選手だから守備妨害だを反論した。
結局、1人しかいなかったアンパイアは攻撃側の「守備妨害」という主張を採用した。ただし、直接捕球ではないので一塁走者のベースタッチでのアウトは認めず、2死一塁からの試合再開という「大岡裁き」で幕を閉じたのだった。
私が今も忘れられないのは、猛抗議の最中も両チームの選手全員の笑顔が絶えなかったことだ。結局マンハッタン・レストラン・リーグを制覇したのは、マクドナルドかスターバックスか、その結果を知る前に私はその場を離れて、ブロンクスにある旧ヤンキー・スタジアムへ向かったのだが、カクテル光線に照らされ、ピンストライプのユニフォーム姿で動くメジャーリーガーたちの姿が、白い前掛けをしてTシャツGパン姿で動き回るマンハッタン・レストラン・リーグの青年たちに重なったのだった。
日本で草野球のなくなった頃に見た、アメリカでの草野球。ベースボール・カルチャーの奥行きは深い。あの日見たマンハッタン・レストラン・リーグは、今もまだ続いてるのだろうか?
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
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