それ以上に驚かされたのは、内野席の前方と後方に分かれる間の広い通路が、すべて車いす席として利用されていたことだった。その中の3席ほどは、子供たちが野球を見ながら散髪することのできる“バーバーズ・シート”になっていたが、他はすべて車いす用の観客席で、20組以上の車いすのファンとその介助者が集結していた。
彼らは全員(介助者も)入場無料で、試合ごとに抽選で選ばれるほど人気がある席だと聞いたが、さらに素晴らしいと思ったのは、その席の周辺にファウルボールが飛んでくると、車椅子に座っていたファンが何人も立ち上がって手を伸ばし、打球を捕ろうとしていたことだった。
その様子を見た私が驚いて、周囲のファンに「What happened?!(何が起きたんだ?!)」と叫ぶと、「Baseball miracle(野球の奇蹟)!」とみんなが大声で答え、大笑いしたのだった。
試合が始まると、イニングの攻守交代の短い時間に次々と観客が参加するイベントが催された。スモウレスラーの着ぐるみを着た観客による相撲対決や、外野のポール間競走、立てたバットに顔の額をくっつけて3回まわった後でのレースや、同様にバットグルグルの後の簡単なフライのキャッチ……攻守交代のたびに、ファン参加型のドタバタイベントが他の観客たちの笑いを誘った。
笑いを誘う出来事はゲーム中にも起きる。セインツがピンチになると、大きな鎌を肩に担ぎ、黒い頭巾とマントに身を包んだ鼻の長い魔女が現れ、打席に入ろうとする相手打者に両腕を振り回して呪いをかけるパフォーマンス。セインツのチャンスで相手投手が代わったりすると、その投手の投球練習の時にも魔女が現れる。投手に呪いをかける一方、打席に向かうセインツの打者には真っ白のドレスをまとった女神が現れ、星のついた魔法の棒を振ってヒットが打てるような祈りを捧げるのだ。
もちろん満員の観客も、魔女や女神と一緒になって、呪いをかけたり魔法をかけたりするのだが、そんなドタバタパフォーマンスが間近で行われても、若い選手たちは笑いもせず顔色も変えず、真剣な顔つきでプレーしていた。
なるほど、必死になってメジャーを目指している彼らは、ファンの楽しむことと自分たちがやらなければならないことを、キチンと分けて行動しているのだった。北米独立リーグという底辺にいるそんな若者たちが、ひいてはトップのMLBを支えている。そのことに私は心の底から感心するほかなかった。この楽しさは、ツインズ傘下に入った今も続いてるのだろうか?
なお、私の見た当時のセインツでは、球審にボールを運ぶ役目をチーム・キャラクターの子ブタ(「マドンナ」と呼ばれていた)が、背中にボールを入れたカゴを背負って務めていた。今も何代目かになって、続いていれば嬉しいのだけれど……。
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
彼らは全員(介助者も)入場無料で、試合ごとに抽選で選ばれるほど人気がある席だと聞いたが、さらに素晴らしいと思ったのは、その席の周辺にファウルボールが飛んでくると、車椅子に座っていたファンが何人も立ち上がって手を伸ばし、打球を捕ろうとしていたことだった。
その様子を見た私が驚いて、周囲のファンに「What happened?!(何が起きたんだ?!)」と叫ぶと、「Baseball miracle(野球の奇蹟)!」とみんなが大声で答え、大笑いしたのだった。
試合が始まると、イニングの攻守交代の短い時間に次々と観客が参加するイベントが催された。スモウレスラーの着ぐるみを着た観客による相撲対決や、外野のポール間競走、立てたバットに顔の額をくっつけて3回まわった後でのレースや、同様にバットグルグルの後の簡単なフライのキャッチ……攻守交代のたびに、ファン参加型のドタバタイベントが他の観客たちの笑いを誘った。
笑いを誘う出来事はゲーム中にも起きる。セインツがピンチになると、大きな鎌を肩に担ぎ、黒い頭巾とマントに身を包んだ鼻の長い魔女が現れ、打席に入ろうとする相手打者に両腕を振り回して呪いをかけるパフォーマンス。セインツのチャンスで相手投手が代わったりすると、その投手の投球練習の時にも魔女が現れる。投手に呪いをかける一方、打席に向かうセインツの打者には真っ白のドレスをまとった女神が現れ、星のついた魔法の棒を振ってヒットが打てるような祈りを捧げるのだ。
もちろん満員の観客も、魔女や女神と一緒になって、呪いをかけたり魔法をかけたりするのだが、そんなドタバタパフォーマンスが間近で行われても、若い選手たちは笑いもせず顔色も変えず、真剣な顔つきでプレーしていた。
なるほど、必死になってメジャーを目指している彼らは、ファンの楽しむことと自分たちがやらなければならないことを、キチンと分けて行動しているのだった。北米独立リーグという底辺にいるそんな若者たちが、ひいてはトップのMLBを支えている。そのことに私は心の底から感心するほかなかった。この楽しさは、ツインズ傘下に入った今も続いてるのだろうか?
なお、私の見た当時のセインツでは、球審にボールを運ぶ役目をチーム・キャラクターの子ブタ(「マドンナ」と呼ばれていた)が、背中にボールを入れたカゴを背負って務めていた。今も何代目かになって、続いていれば嬉しいのだけれど……。
文●玉木正之
【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
関連記事
- 【玉木正之のベースボール今昔物語:第10回】これまで見た中で最高のスタンダップ・ダブルはMLBでもNPBでもなく、マンハッタンの草野球だった<SLUGGER>
- 【玉木正之のベースボール今昔物語:第9回】「太鼓ベース」「沢庵ベース」の意外な“語源”...男の子なら誰もが草野球に興じた時代の思い出<SLUGGER>
- 【玉木正之のベースボール今昔物語:第8回】「ホームランは常に野球の華だった」は誤り...今も根強い球界の“間違った常識”<SLUGGER>
- 【玉木正之のベースボール今昔物語:第7回】昔の選手や監督は「記者の野球経験」を重視したものだが……取材で一番大事なのは「キチンとした服装」なのだ!<SLUGGER>
- 【玉木正之のベースボール今昔物語:第6回】楽しい想い出ばかりのMLBの取材と、ドジャータウンでも厳戒態勢だった日本プロ野球。まだアメリカが遠かった日に見た日米の空気の違い<SLUGGER>