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【玉木正之のベースボール今昔物語:第10回】これまで見た中で最高のスタンダップ・ダブルはMLBでもNPBでもなく、マンハッタンの草野球だった<SLUGGER>

玉木正之

2025.04.30

日本だけでなくアメリカにも草野球文化がある。ベースボールファンにとってはすべての原点だ。(C)Getty Images

日本だけでなくアメリカにも草野球文化がある。ベースボールファンにとってはすべての原点だ。(C)Getty Images

 前回の記事では、小生が小学生の頃(昭和30年代の話だ)、近所の禅寺・建仁寺の境内で、毎日のように草野球に興じていた話を書いた。

 そんな草野球の風景が消え、野球をやる小学生は野球クラブに入るようになり、中学や高校での野球部へと進むようになり、サラリーマンが昼休みにキャッチボールをする姿も消え、日本には“草野球文化”がなくなってしまったようにも思える。

 だが、面白いことに、スポーツライターの仕事を始めた1975年以降、アメリカでメジャーリーグやマイナーリーグの取材をする途中で、何度かアメリカの草野球(Sandlot game=砂地でのゲーム)に出会った。ニューヨークでヤンキースやメッツのナイターを取材した時は必ずマンハッタンの安宿に泊まり、午前中にセントラル・パークを散歩した。すると広いグラウンドのあちこちで草野球の試合が行われていて、歓声が聞こえてきた。

 その中で、今も忘れられない草野球のシーンが2つある。

 ひとつは近くにある2つの幼稚園の父兄が対抗戦として興じていたソフトボールだった。体重100キロはあろうかという巨体の黒人女性が打席に立ち、バットをガムシャラに振り回すと、ボールは左中間を深々と破り、はるか彼方へと消えていったのだ。
 
 ベンチで見ていた子供たちや母親、父親たちが大喜びして大歓声に包まれたまではよかったのだが、打った本人も大喜びしたまま一塁へ走らず、その大歓声に加わって抱き合うばかり。他の母親たちが一塁ベースを指さして走ることを促しても、当の本人は興奮したまま、その場で飛び跳ねている。

 そこで、3~4人の母親が彼女の手を引き、背中を押して一塁まで一緒に走り、まだボールが戻ってこないので、全員で大きなスカートを翻して二塁ベースまで到達したのだった。

 そして主役の黒人女性は両腕を高々と突き上げ、両手の人差し指と中指でVサインを送った。そこへ、おそらく彼女の子供と思える小さな女の子が駆けつけ、母親に抱きかかえられ、彼女の顔に数え切れないほどのキッスを送った。

 おそらくバットで初めてボールを打って、見事に左中間を破った一打だったのだろう。その後の興奮も含めて、彼女の一打は、私がこれまでに見たあらゆる野球の試合の中でも最高に素晴らしいスタンダップ・ダブルだったと確信している。

 もうひとつ、セントラルパークで見た素晴らしい草野球シーンは、遠くからでも大歓声が聞こえ、めちゃめちゃ盛り上がっている一戦だった。
 
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