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MLB

″世界に轟いた一撃″――トムソンの歴史的一打はサイン盗みの産物だった?【ダークサイドMLB】

出野哲也

2020.04.02

 ブランカは「こぼしたミルクを嘆くような真似はしたくない。あのホームランを打たれていなければ、誰も私を覚えていなかっただろうし」と〝良き敗者〞として振る舞っていたが、スパイの件が表面化した後は「実はずっと前からその話は知っていた。けれども、何を言っても泣き言だと思われるから言わなかったんだ」と明かした。ブランカはタイガース移籍後、ジャイアンツに友人のいる選手から聞いたとのことで、のちにイーバースからも確証を得たという。

 このように球界内部では、サイン盗みの事実は密かに広まっていたようだが、『ウォール・ストリート・ジャーナル』のスクープ以前は、一般には噂レベルでしか語られていなかった。

 史上有数の名場面がイカサマの産物と知ったファンの嘆きや憤りは大きかった。アメリカ野球についての著書がある日本の某作家も「これでは野球の力量を互いに競い合うゲームというより、情報盗みの力を競い合うゲームということになるのではないか」と憤慨した。しかし、ジャイアンツが優勝したのはサインを盗んでいたおかげ――というほど単純なものでもない。スパイ行為の効果がどれほどあったのか、実際にはかなり疑問だからだ。
 
 まず、このサイン盗みが効果を発揮するためには、フランクスが対戦相手のサインをすべて正確に把握している必要がある。その第一段階をクリアしても、捕手がサインを出してから投手が投げ始める前に、打者に伝わっていなければ無意味だ。実際の所要時間は7秒だったそうだが、これでは間に合わない場合も多かったのではないか。モンテ・アービンをはじめ、集中力が乱されるとして球種を教えられるのを拒む者もいたのは、そういったことも理由だったろう。

 また、サインを盗み始めて以降ホームでの勝率が8割を超えていたのは前述のとおりだが、その間はロードでも勝率.684。ホームほどではなくても相当高く、好成績はスパイ行為の恩恵ばかりではなかったことになる。しかもジャイアンツのホームでの得点は、7月20日以前は1試合平均5.5点だったのが、その後は4.7点とむしろ下がっている。さらに、同期間のロードでの4.8点より低い。アウェーでの試合を含めても、平均得点はリーグ2位から4位へ下がっている。

 サイン盗みは、実際は得点増に関しては大した影響はなかった。トムソンも、7月20日以降の打率は敵地での方が高かった。大逆転の最大の要因は、この66試合で平均3.2失点に抑えていた投手陣の踏ん張りだったのだ。
 

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