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MLB

″世界に轟いた一撃″――トムソンの歴史的一打はサイン盗みの産物だった?【ダークサイドMLB】

出野哲也

2020.04.02

 51年当時ドジャースのGMだったバジー・バベジは「もしジャイアンツがサインを盗んで優勝できたのなら、どうしてそれを続けなかったんだ?」と疑問を呈している。優勝決定戦でも初戦にジャイアンツは敵地で勝ち、有利なはずのホームで第2戦は大敗した。この年のワールドシリーズでも、ポロ・グラウンズでヤンキースに2敗し、世界一を逃している。「サインを盗んだから勝てた」と決めつけるのは「ステロイドを使えばホームランが打てる」というのと同じくらい安易な結論だ。トムソンの一撃にしても、ブランカが「ホームラン競争でも、どんな球が来るか知っていてポップフライになったりする」と言うように、たとえ球種を知っていても常にホームランが打てるわけではない。

 とはいえ、そうした事実によってスパイ行為が正当化されるわけでは決してない。著しく公平さに欠ける、フェアプレー精神にもとるという点では、ドーピングと何ら変わりはないからだ。また、1試合だけでも球種を知っていたおかげで勝てたなら、その1勝でドジャースとの優勝決定戦に持ち込めたのだから、大きな価値があったことにはなる。

 相手チームのサインを盗もうとする試みは、サインが考案されたのと同じくらい古い歴史を持つ。早くも19世紀には、フィリーズが三塁コーチズボックスの下にブザーを仕込み、控え捕手が双眼鏡でサインを覗いて、三塁コーチ経由で打者に伝える……という、ジャイアンツとほぼ同じ仕組みを考え出していた。フランクスも「我々がしていたかどうかはともかく、どのチームだって同じようなことはやっていた」と言っていて、おそらく事実だろう。
 
 投手の癖を研究して球種を見抜くこと自体はまったく問題なく、むしろ高等な技術として評価されている。だが球界の〝暗黙のルール〞では、二塁走者が捕手のサインを打者に教えることもアウトと見なされる。グラウンドまたはベンチ以外の場所からサインを盗むとなると問題外であり、機械的な方法でサインを盗むのも、61年にルールとして正式に禁止された。

 だが、アストロズの例を見ればわかるように、今もなおスパイ行為は横行している。93年に中日ドラゴンズでもプレーし、メジャー通算265本塁打を放ったマット・ステアーズはかつてこう言った。「(サイン盗みは)一切ないなんて言うヤツは、幻想の世界に生きているんだろう」

 アメリカ人が特別フェアプレー精神に欠けている、というわけでもなさそうだ。日本でも、かつてはサインを盗まれないようにバッテリーがサイン交換時に乱数表を用いていたし、90年代には福岡ダイエー(現ソフトバンク)のスパイ疑惑が浮上した。洋の東西を問わず、勝利のためならどんな手段も尽くすという姿勢に変わりはなく、それが時に行きすぎた行為につながる――ということなのだろう。

 野球では1球ごとにバッテリーがサインを交換し、その間には打者にもベンチから作戦のサインが送られる。他のどのスポーツよりもサインが飛び交う機会が多く、その分サイン盗みを働く動機も強くなる。何度も言うようだが、こうした不正行為は褒められたものではない。だが野球というスポーツの複雑さ、魅力の大きさの副産物という面があるのも確かなのだ。

【ボビー・トムソン】
ロバート・ブラウン・トムソン。1923年10月25日生まれ。42年にジャイアンツと契約し、46年9月9日メジャーデビュー。翌年からレギュラーを獲得し、いきなり29本塁打。52年にはリーグ最多の14三塁打を放った。守備は外野と三塁を主に守った。ブレーブス、カブス、レッドソックスなどでもプレーし、60年を最後に引退。メジャー15年で通算1779試合に出場し、264本塁打。オールスター選出3回。引退後は製紙会社の重役を務めた。2010年8月16日に86歳で死去。

文●出野哲也

※『スラッガー』2017年11月号より加筆・修正の上、転載
 
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