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大学野球

“世界のトヨタ”の社員が慶應大学の助監督を務めた意味とは――竹内大助、『助監督日記』の完結【第5章】

矢崎良一

2022.03.12

竹内の教えに影響を受けた福井。彼は卒業後にトヨタ自動車に入社し、社会人野球生活を始めた。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

竹内の教えに影響を受けた福井。彼は卒業後にトヨタ自動車に入社し、社会人野球生活を始めた。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 縁の下にいて、陽の当たらない場所からチームを支え続けた3年間の助監督生活。竹内は何を学び、何を得たのだろう?

「どんな世界に行ったとしても、モノを相手にするだけの仕事はないですから。最終的には対人になってくるので、そういう意味での経験値はかなり積ませてもらいました。慶應大学野球部という組織の中には、二十歳前後の学生から、60歳前後の監督、OBには七十代、八十代の方もたくさんいます。ただ、学生がメインの現場で、そういう若い世代の声を聞きながら意思決定をしていくという、“ファシリテート能力”みたいなものは、一定量身に付いた気がします」

竹内は自分に確認するように頷きながら言う。

「でも、それをどう活かしていくのか。現実には、スポーツの現場しか経験出来ていませんからね。あとは僕の努力次第。トヨタという会社の中でどう力を発揮できるか、またトヨタという枠組みが外れた時にも一人の人間としてどうしていくか、というところが大事だと思っています」

 竹内は自らの性格を、「“環境まかせ”という受動的な一面がある」と分析する。だから仕事についても、「自分で居場所を作るよりも、与えられた場所で力を発揮したい」と言う。そして、「たとえハードな環境でも、学びのある場所に身を置かせてもらえたら、また充実した毎日が送れる」と。

 かといって、決して適応能力が高い人間ではない。むしろ「人並み以上に遅い」と自覚している。でも、好奇心はわりと強いほうだ。そういう人間がポンっと学生の中に放り込まれて、実績を残せた。それは少なからず自信になっている。

 今更ながら言ってしまえば、竹内大助という人物は決して指導者向きの性格ではなかった。妻のまりえもこんなふうに言う。

「最初、あなたが助監督なんてやると思わなかったし、やれるとも思わなかった。でも、あまりあたたかくない、冷静で、人に興味がないところがよかったのかもしれないね」

 たしかに竹内には人を寄せつけない独特の雰囲気がある。自分自身でも、「僕、友達が少ないタイプなんです」とそれを自覚している。

 そんな人間が、少しずつ変わっていった3年間。いつ頃からか、SNSで遊ぶことを覚えた。その一つが、妻のまりえとのTwitterでのやりとり。まりえがその日の夕食のメニューを添えて「待ってるわよ」とツイートすると、竹内が黙ってリツイートを返す。キャラ的にはイケイケの奥様と無口な旦那様。ちょっとした夫婦漫才にも見えてくる。

 少し前の時代なら、「指導者ともあろう者が」と怒る人がいたかもしれない。しかしそれも、どうやら確信犯でやっていたところがある。学生たちが見て、茶化したり、ネタにしてくれることで、そこからコミュニケーションが生まれたらいいと思っていた。また、まりえにはそれを一緒に演じられるユーモアのセンスがある。

 竹内は、まりえのことを、「僕よりも野球の深い部分を見ていることがある」と言う。それも頷ける。もともとスコアブックを片手に大学野球を観戦するようなコアな野球ファンだったまりえは、今、タレントとして、上原浩治や川上憲伸といったプロ野球の一流選手たちと仕事を共にしている。仕事場で野球を学んでいるようなものだ。

 結婚当時、愛知県にいる竹内に対して、まりえは仕事の関係で東京を離れられず、別居生活が続いた。SNSなどで面白おかしく書かれることもあった。当然、本人たちも目にすることがある。だが竹内には、そういう雑音を「どうでもいいこと」と振り払える冷静さがある。まりえは真逆で感情が豊か。そして、出会った頃からずっと「竹内大助の一番のファン」であり続けている。お互いの性格と仕事をリスペクトしあえる、なかなか“おもしろい”夫婦。竹内がユニホームを脱いだことで、二人にとっても新しいフェーズが始まっている。
 退任後の竹内と会った前助監督の林卓史は、「すごく明るい表情をしていた。口数も増えて、変わりましたね」とキャラクターの変化に驚いていた。

「データ分析にしても、僕も学生のスタッフがいてくれたらいいなとは考えましたが、あんなふうに組織を作る発想はありませんでした。僕は学生たちを指導しなくてはという気持ちが強すぎて、彼らに任せることが出来ませんでした。そこで学生たちと距離を作ってしまっていたのかもしれません。今の若い子に力を発揮させるには、ああやって同じ目線に立って一緒に考えられる竹内のようなタイプのほうがいいんでしょうね」と自らの指導スタイルを省みる。

 だが竹内は、「いや、林さんの時代の緊張感があったから、逆に学生たちは僕を見て、こいつで大丈夫か? 俺たちが頑張らないと、と思ったからよかったんじゃないですかね」と真顔で言った。

 トレーナーの高村克己は、竹内の大学時代を懐かしそうに振り返る。

「アイツが指導者をやるイメージはなかったなぁ。でも、大助たちの代が4年生になった時、レギュラーは少なかったけど、彼らが下級生たちを盛り上げて引っ張り上げて、その姿勢がメンバー外にも浸透して、すごく“いいチーム”だったんです。それが下の代にも受け継がれていました。助監督として戻ってきた時に、そういうチームを作ろうとしていたんじゃないかと僕は思っているんですけどね」

 竹内が去った今年のチームで、エースの働きが期待される増居翔太は、現在、現役最多の通算7勝を挙げているが、苦笑いしながら言う。

「1年生くらいの時には、一つの目標というか、ちょっと意識していたんですよ。竹内さんは(通算)22勝か。追い越せないかな? って。でも、冷静に考えたら絶対無理だな、と思いました。凄いっすよね、22勝って」

 大学時代の恩師である江藤省三(元・慶大監督)はこう言って笑う。

「プロに行きたかったんだと思うよ。行かせてあげられなかったことは申し訳なかったけど、結果的には、行かなくてよかったんじゃないかな。ボールのスピードが少し足りないということは、本人もわかっていたと思う。あのとき夢が叶ってプロに行っても、もう野球を辞めていたかもしれないし。今、こうして野球に関われているんだからさ。そう思ってもらえたら、俺も少し申し訳が立つかな」

 卒業する前主将の福井章吾は、この春からトヨタ自動車に入社し社会人野球でプレーする。プロを希望すればドラフト指名も有力だっただけに、社会人の多くの企業から誘いがあったはずだ。そのなかから選んだのが、竹内の所属するトヨタ自動車。進路選択にあたり、竹内の影響が少なからずあったと想像してしまう。

「もちろんトヨタの野球のレベルの高さに対して魅力を感じたのですが、竹内さんから学ばせてもらったデータの活用に面白さを感じていました。トヨタはそういうアナリスト部門が充実していると聞いているので、そういう野球をやりたいと思ったところはありますね」と福井は言う。

 福井が竹内からよく話を聞かされ一緒に野球をやるのを楽しみにしていた細山田武史は、昨年限りで現役を退き、今季からコーチに就任した。立場は変わったが、一緒に野球をやることに変わりはない。

 そして、こちらも「助監督」から「上司」に立場が変わる竹内には、「トヨタの野球部を変えるくらいの気持ちでやれ。新しい風を吹かせる存在になれ」と叱咤激励を受けている。

 余談になるが、「竹内助監督について話を聞かせてほしい」という取材の最後、福井は席を立つ前に、「竹内さんの最高の記事をお願いします」と言ってきた。アマチュア野球を取材する記者たちが、彼の人間性を褒める理由がわかった。そして、ここにも一本の絆があることを知った。

「最高の原稿」かどうかはわかりませんが、一生懸命書かせていただきました(筆者より)

 慶大野球部は、今季から中根慎一郎(三菱重工名古屋)が新たに助監督に就任した。新しいシーズンは、もう始まっている。

 開幕するリーグ戦、竹内は神宮球場のスタンドから静かに見守るつもりだ。おそらく、妻のまりえと一緒に。

―――終了―――

取材・文●矢崎良一

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