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大学野球

ハンカチ王子との優勝を賭けた投げ合い。内面に抱えた苦悩とは――慶大助監督・竹内大助の知られざる野球人生【第2章】

矢崎良一

2022.03.09

大学2年生で開幕戦に登板した竹内は、見事に東大打線を翻弄。なんとノーヒットノーランを達成し、名声を高めた。写真:産経新聞社

大学2年生で開幕戦に登板した竹内は、見事に東大打線を翻弄。なんとノーヒットノーランを達成し、名声を高めた。写真:産経新聞社

 慶應大学野球部“助監督”として、2人の監督に仕え、150人を超える部員たちとの繋ぎ役を務めてきた竹内大助。その仕事ぶりは、陽の当たらないところでチームを支える“裏方”の色合いが強かった。

 大学時代は4年間で通算22勝という輝かしい記録を残すスター選手。だが、学生たちにはそうした昔話をほとんどしようとしない。

 常に名門チーム、強豪チームに籍を置き、野球の厳しさや難しさと向き合いながら生きてきた現役時代のキャリアは、竹内にどんな野球観を植えつけていたのか?

 第2話となる今回は、助監督就任前の“投手・竹内”にスポットを当てる。

―――◆――◆――◆―――

「周りから見たら、面倒くさい選手だったと思いますよ」

 竹内は現役時代の自分をそんなふうに表現する。穏やかな口調からは、よくあるヤンチャ者の匂いはしない。人前で剽軽なことを言ったり、感情を表に出してチームを引っ張るようなムードメーカーとも違う。群れることを好まず、警戒心というバリアのなかに自分の世界を持っていた。

 高校時代は、愛知県の古豪・中京大中京の背番号10番。かといって2番手投手というわけではなく、複数投手陣の一角という位置づけ。竹内が先発でゲームを作り、背番号1番の細川貴紀に継投するのが必勝パターンだった。

 3年生の春、甲子園のセンバツ大会に出場。初戦で明徳義塾(高知)と対戦し、延長10回、2-3でサヨナラ負けを喫する。先発した竹内は、6回途中、味方のエラーをきっかけに満塁のピンチを背負った場面でマウンドを降りている。

 最後の夏は、県大会準決勝で愛知啓成に4-8と敗れた。ちなみにこの翌年、4番エース堂林翔太(広島)を中心とする次の代のチームが、夏の甲子園で、同校43年ぶり、史上最多となる通算7度目の全国制覇を果たしている。

 慶大2年生の春、突然、その名を知られることになった。

 開幕の東大戦に先発した竹内は、東大打線に1本のヒットも許さず、ノーヒットノーランで初勝利を挙げる。開幕戦での記録達成は、じつに69年ぶりの快挙だった。

 1年時には、春はリーグ戦の登板はなく、秋に開幕カードで1試合、短いイニングを投げただけ。その後はベンチ入りもなかった。だから実質、これがデビュー戦といってもいい。なおかつ、小学校3年生で野球を始めて以来、9回を投げきっての完投は初だという。

 竹内はこのシーズン、9試合に登板して6勝2敗。慶大の11季ぶりの優勝の原動力となり、ベストナインも受賞している。

 この実績のない2年生投手が、なぜ大事な開幕戦の先発に抜擢されたのか。
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