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NBA

【コビー・ブライアント物語・Part1後編】晴れてレイカーズの一員に。順調に成長を遂げ、シャックとのデュオは日ごとに威力を増すも……

大井成義

2020.03.15

96年ドラフトでホーネッツからの指名後、紆余曲折を経てコビーは晴れてレイカーズの一員に。(C)Getty Image

96年ドラフトでホーネッツからの指名後、紆余曲折を経てコビーは晴れてレイカーズの一員に。(C)Getty Image

■ドラフト後のトレードにより、憧れだったレイカーズへ入団

 1996年4月29日、コビー・ブライアントは母校の体育館で記者会見を開き、NBAへの挑戦を表明した。それまで5人の高校生が直接NBA入りを果たしているものの、彼らは皆ビッグマン。とりわけ競争の激しいシューティングガードのポジションで、まだ線の細い、精神的にも未成熟な18歳の若者が通用するのか、疑問視する声が大勢を占めていた。だが、そういった外野からの批判的な声に、コビーはまったく耳を貸さなかった。

 当時のチームメイトが、『USAトゥデイ』のインタビューで次のように回想している。「バスの中で、コビーはこう言ったんだ。『(マイケル)ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)は俺を止めることができない』ってね。彼は新たなチャレンジを常に探していた」。
 
 1996年のNBAドラフトにおいて、コビーの能力を最も高く評価していた人物が、ロサンゼルス・レイカーズのジェリー・ウエストGMだった。NBAロゴのモデルにもなっている伝説の名選手である。ウエストはドラフトの前にコビーをワークアウトに招き、チームOBのラリー・ドリューや守備の名手マイケル・クーパーと一緒にプレーさせると、コビーは2人を手玉に取ってみせた。

 コビーの才能にますます惚れ込んだウエストだったが、その年レイカーズが持っていた1巡目指名権は24位。ほかの大物FA選手獲得のため、サラリーキャップに空きを作りたいという思惑も重なり、ウエストは13位の指名権を持っていたシャーロット・ホーネッツとのトレードを画策する。ホーネッツの1巡目指名選手と、レイカーズの先発センターで、後にオールスターとなるブラデ・ディバッツをトレードすることで、ドラフト前日に合意。当日、ホーネッツは誰を獲得すればいいのか指名開始時間まで教えてもらえず、コビーの名前を聞いて驚いたそうだ。

 セルビア出身でロサンゼルスを第二の故郷と考えていたディバッツは、女優業を営む妻の猛反対もあり、どうしてもロサンゼルスを離れたくなかった。新人との交換でホーネッツに行くぐらいなら引退も辞さないと主張し、交渉は暗礁に乗り上げる。もしディバッツが意地を貫き通していたら、“レイカーズのコビー”は誕生していなかった。
 
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