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NBA

ミッチ・リッチモンド――“RUN-TMC”から弱小キングスのエースへ。突然のトレードで運命が変わった男【NBA名脇役列伝・前編】<DUNKSHOOT>

出野哲也

2026.10.07

“RUN-TMC”の一角としてウォリアーズを牽引していたリッチモンド。しかし栄光の日々は長く続かなかった。(C)Getty Images

“RUN-TMC”の一角としてウォリアーズを牽引していたリッチモンド。しかし栄光の日々は長く続かなかった。(C)Getty Images

 2010年代の最強チームとして一時代を築いたゴールデンステイト・ウォリアーズ。その原動力はステフィン・カリー、クレイ・トンプンの"スプラッシュ・ブラザーズ"を中心とした得点力の高さだったが、ウォリアーズは昔から、こうした攻撃的バスケットボールを伝統としていた。

 1990年代初頭には、ティム・ハーダウェイ、ミッチ・リッチモンド、クリス・マリンの3人の頭文字を取って“RUN-TMC” と呼ばれるトリオを結成し、ハイスコアゲームを連発していた。

 この3人のうち、ハーダウェイは必殺キラークロスオーバーの使い手として知られ、マリンは初代ドリームチームの一員としても有名だ。ではリッチモンドに関してはどうだろう。現在の知名度は2人に大きく劣っているのは否めない。

 オールスターの常連で、オリンピックには2度出場、殿堂入りも果たしているにもかかわらず、リッチモンドは現役時代からメディアに取り上げられる機会の少ない選手であった。
 
■“RUN-TMC”が輝くもキングスへまさかのトレード

 フロリダで育ったリッチモンドは、幼い頃はアメリカンフットボールに夢中だった。バスケットボールを始めたのは第10学年(高校1年生)になってからで、のちにNFLの名選手となるマイケル・アービンと一緒に3オン3を楽しんだりもした。

 高校卒業時にはディビジョン1の大学から誘いもあったが、まだ自分の力に自信を持てなかった彼は短大でのプレーを選択する。その後、3年生になってからカンザス州大に転校し、4年時には平均22.6点を記録した。

 88年のドラフト5位でウォリアーズに入団。ソウル五輪代表として銅メダルを獲得し、帰国後すぐにチームのキャンプに合流した。

「あいつは初日の練習の時から、もうNBAで5年くらいプレーしているような感じだった。チーム入りした瞬間から、ウォリアーズのベストプレーヤーだったのさ」とマリンが語ったように、ロック(岩)の愛称で呼ばれた頑強な体格を活かしたポストプレーからアウトサイドシュートまで、リッチモンドは多彩なオフェンスを展開。平均22.0点をあげて新人王に選ばれる。

 翌年にはハーダウェイが加入し、TMCが揃い踏み。彼らは自由自在にコートを駆け回り、シュートを打ち続けた。90-91シーズンは全員が平均20点以上、3人で72.5点を叩き出す。

 リッチモンドにとっても、この頃がバスケットボール人生で一番楽しい時期だった。「試合前からワクワクしていたものさ。どんなチームだって、3人を同時にマークすることなんてできなかったからね」

 ウォリアーズも9年ぶりの好成績となる44勝をマークし、上げ潮に乗っているように見えた。
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