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NBA

【NBA背番号外伝】ベイラー、ドレクスラーらスコアラーが愛用した22番の歴史。今ファイナル大活躍のバトラーも袖を通した理由は?

出野哲也

2020.10.11

ベイラー(右上)、ドレクスラー(右下)といったスコアラータイプが着用した22番。バトラー(左)もヒートに移籍した今季から同番号に袖を通している。(C)Getty Images

ベイラー(右上)、ドレクスラー(右下)といったスコアラータイプが着用した22番。バトラー(左)もヒートに移籍した今季から同番号に袖を通している。(C)Getty Images

 NBAにおいて、22番は爆発力のあるスコアラーの番号というイメージが強い。事実、過去の名選手の多くがこのタイプに分類される。

 22番を着けた最初の名選手はエド・マコーリー。1951年にオールスターゲームの初代MVPに輝き(ただし後年になってから遡っての選出だった)、同年から7年連続で球宴に選出されたセンターは、平均得点で3度リーグ3位にランクインした。1963年にはボブ・クージーとともに、ボストン・セルティックスの欠番第1号となっている。

 最大のビッグネームは、ロサンゼルス・レイカーズで欠番となっているエルジン・ベイラーだろう。身長196㎝ながら「リムより上でプレーした最初の選手」と称されたように、桁外れのジャンプ力を武器に得点とリバウンドを量産。1961年は平均34.8点、19.8リバウンド、その翌年には平均38.3点、18.6リバウンドと、驚異的な数字を残している。優勝には縁がなかったものの、1962年のファイナル第5戦で叩き出した61得点は現在も破られていないファイナル記録で、そのプレースタイルは後年の選手たちに多大な影響を与えた。
 
 6月22日生まれにちなんでこの番号を選んだクライド・ドレクスラーは、力強さと美しさを兼ね備えたダンクでファンを魅了。ポートランド・トレイルブレイザーズ時代に稼いだ1万8040得点は球団記録で、ブレイザーズはもちろん1995年に移籍したヒューストン・ロケッツ、そして母校のヒューストン大でも欠番になっている。

 初代ダンクコンテスト王者のラリー・ナンスは、豪快なダンクや打点の高いジャンプシュート、ポストプレーで1986、87年に平均20点以上をマーク。通算ブロック数(2027)は歴代19位と攻守にわたって活躍し、クリーブランド・キャバリアーズの欠番になっている。また2017-18シーズン、息子のラリー・ナンスJr.がレイカーズからキャブズに移籍した際には「息子に私の番号を着けさせてくれ」と自ら球団に頼み込んで実現させた。

 ダーク・ノビツキーに抜かれるまで、ダラス・マーベリックスの通算得点1位だったローランド・ブラックマンは1999年に欠番化。また、リーグ初期の名ポイントガードであるスレイター・マーティンは、ベイラーが欠番となっているレイカーズで〝名誉番号〞としてその栄誉を讃えられた。
 
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