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NBA

“ストレッチ4”の先駆け、ラシード・ウォーレスが大学時代に3ポイントを打たなかったワケ

秋山裕之

2020.11.13

問題児として知られたラシードだが、ピストンズに移籍した04年にはラストピースとして優勝に貢献した。(C)Getty Images

問題児として知られたラシードだが、ピストンズに移籍した04年にはラストピースとして優勝に貢献した。(C)Getty Images

 2003-04シーズン、デトロイト・ピストンズは名将ラリー・ブラウンHC(ヘッドコーチ)の下、チャンシー・ビラップス、ベン・ウォーレス、リチャード・ハミルトン、テイショーン・プリンスといった主軸を中心に、順調に勝ち星を重ねていた。

 だが王座を勝ち取るためにはもう1人頼れる先発が欲しいと感じたチームは、ラストピースとして2月に3チーム間トレードでラシード・ウォーレスの獲得に成功。ポートランド・トレイルブレイザーズでエース格を務めた万能型ビッグマンは、アトランタ・ホークスへ移籍後、わずか10日後にピストンズへ加わることとなった。

 ノースカロライナ大出身のラシードは208cm・102kgの体格を誇り、攻守両面において豊富なスキルが備わった好選手であったと同時に、問題児としても知られていた。00-01シーズンにはNBA史上最多41個のテクニカルファウルという不名誉な記録を樹立している。
 
 しかしラシードが加入後、ピストンズはベンとの“ダブル・ウォーレス”が大ハマり。自慢のディフェンスはさらに強固になっただけでなく、ラシードはポストプレーやジャンパー、3ポイントまで多彩なシュート力を発揮し、攻撃でもアクセントに。ピストンズは同年のファイナルでロサンゼルス・レイカーズを破り、フランチャイズ史上3度目のチャンピオンへと輝いた。

 11月9日(日本時間10日、日付は以下同)、当時の指揮官のブラウンがシャモンド・ウィリアムズのポッドキャスト番組「The Carolina Conversation」に出演。ブラウンはノースカロライナ大の後輩であるラシードと交わした、同大の恩師ディーン・スミスにまつわる秘話を明かした。

「ラシードが(練習中の)休憩から戻ってきて、コーナーから3ポイントを放っていたんだ。コーチ(スミス)は決して罵ることはなかったが、彼は独自の考えを持っていてね。そこでラシードに聞いたら『そう。俺たちはああいったシュートをノースカロライナで打つことはなかった。特にビッグマンたちはね』と返ってきたんだ」
 
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3ポイントを打ちたいラシードが名将へチャレンジ!?

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