1946年の創設から75年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。
では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。
今回は「オーランド・マジック」編をお届け。89年に誕生したチームは、創設6年目の95年にはシャキール・オニールとアンファニー・ハーダウェイのヤングデュオを擁し、早くもファイナルに出場。2000年以降は低迷期もあったが、2009年にはドワイト・ハワードを中心に、2度目の頂上決戦に駒を進めた。そんなマジックの歴代ベスト5には、どのようなメンバーが名を連ねたのか。
【ポイントガード】
アンファニー・“ペニー”・ハーダウェイ
1971年7月18日生。201センチ・89キロ
在籍期間:10シーズン(1993~99)
成績:369試合、平均19.0点、4.7リバウンド、6.3アシスト
マジック在籍期間が長かったジャミーア・ネルソンも捨て難いが、ピーク時の活躍を考えれば、“チーム史上最高のPG”はやはりペニー以外に考えられない。95~98年に4年連続でオールスター出場し、95-96シーズンはオールNBA1stチームにも選出された。1990年代の最もエキサイティングな選手の1人であり、一時は人気も絶大だった。
95年にはシャキール・オニール(シャック)とのコンビで初のファイナル進出に大きく貢献。その頃には“ネクスト・ジョーダン”の呼称も大袈裟ではないようにすら思えた。サイズとパス能力に秀でたプレースタイルは実際にはマイケル・ジョーダンよりもマジック・ジョンソンの方に近かったが、人々はそれだけの期待をペニーにかけたということだろう。
残念だったのは、度重なる故障ゆえにピークが短かったこと。特にヒザのケガが大きく響き、個人成績はジリ貧だった。チームとの関係も徐々に悪化し、99年にサンズへ移籍。それでも全盛期の強烈な輝きを覚えているファン、関係者は、ペニーがマジックで過ごした日々をポジティブな形で記憶しているのではないか。フランチャイズ史上最大の人気を誇ったスーパースターは、記録よりも記憶に残る選手として語り継がれていくに違いない。
では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。
今回は「オーランド・マジック」編をお届け。89年に誕生したチームは、創設6年目の95年にはシャキール・オニールとアンファニー・ハーダウェイのヤングデュオを擁し、早くもファイナルに出場。2000年以降は低迷期もあったが、2009年にはドワイト・ハワードを中心に、2度目の頂上決戦に駒を進めた。そんなマジックの歴代ベスト5には、どのようなメンバーが名を連ねたのか。
【ポイントガード】
アンファニー・“ペニー”・ハーダウェイ
1971年7月18日生。201センチ・89キロ
在籍期間:10シーズン(1993~99)
成績:369試合、平均19.0点、4.7リバウンド、6.3アシスト
マジック在籍期間が長かったジャミーア・ネルソンも捨て難いが、ピーク時の活躍を考えれば、“チーム史上最高のPG”はやはりペニー以外に考えられない。95~98年に4年連続でオールスター出場し、95-96シーズンはオールNBA1stチームにも選出された。1990年代の最もエキサイティングな選手の1人であり、一時は人気も絶大だった。
95年にはシャキール・オニール(シャック)とのコンビで初のファイナル進出に大きく貢献。その頃には“ネクスト・ジョーダン”の呼称も大袈裟ではないようにすら思えた。サイズとパス能力に秀でたプレースタイルは実際にはマイケル・ジョーダンよりもマジック・ジョンソンの方に近かったが、人々はそれだけの期待をペニーにかけたということだろう。
残念だったのは、度重なる故障ゆえにピークが短かったこと。特にヒザのケガが大きく響き、個人成績はジリ貧だった。チームとの関係も徐々に悪化し、99年にサンズへ移籍。それでも全盛期の強烈な輝きを覚えているファン、関係者は、ペニーがマジックで過ごした日々をポジティブな形で記憶しているのではないか。フランチャイズ史上最大の人気を誇ったスーパースターは、記録よりも記憶に残る選手として語り継がれていくに違いない。