現地時間9月13日に公開されたポッドキャスト番組『Patrick Bet-David Podcast』へ、シャックことシャキール・オニール(元ロサンゼルス・レイカーズほか)がゲスト出演した。
シャックは216㎝・147㎏という巨体を武器にNBAで19シーズンをプレーしてキャリア平均23.7点、10.9リバウンド、2.5アシスト、2.3ブロックという圧倒的な数字を記録。
新人王を皮切りに、オールスターに15度、オールNBAチームに14度、オールディフェンシブチームに3度選ばれ、2016年にバスケットボール殿堂、昨秋には75周年記念チーム入りも果たした。
シャックはオーランド・マジックでアンファニー“ペニー”ハーダウェイ、マイアミ・ヒートではドゥエイン・ウェイド、クリーブランド・キャバリアーズではレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)とプレーしたが、最も支配的なデュオとしてリーグを席巻した相棒はやはりレイカーズ時代のコビー・ブライアントだろう。
レイカーズで8シーズン(1996-97から03-04)共闘した両者は、00年から02年にかけて3連覇、04年にもファイナル進出を果たすなど、リーグ屈指のコンビとして鳴らした。
シャックは番組内で、高卒選手としてレイカーズ入りしたコビーについてこう語っていた。
「彼はまるで(他の選手たちとはかけ離れた)エイリアンだった。彼がまだ18歳の頃、よくロッカールームにいたんだが、ボールなしで何時間もドリブルやシューティングをしていた。そしたら練習で実践し、実際のコートでも同じ動きを見せていたんだ。史上最高の選手になるべく、まるで取り憑かれているようだった」
マイケル・ジョーダンに憧れ、彼を超える選手になろうと、コビーはバスケットボールへすべてを注ぎ込んできた。
もっとも、レイカーズは2人が入団してからすぐにリーグを制したわけではない。結成4年目の99-00シーズンに名将フィル・ジャクソンが就任し、トライアングル・オフェンスを採用したことがターニングポイントとなった。
シャックとコビーはエゴを捨て、勝利を最優先にすることで抜群の破壊力を発揮。さらに彼らの周囲を、リック・フォックスやロバート・オリー、デレック・フィッシャーが上質なロールプレーヤーとして固めたことで、レイカーズはチャンピオンへ上りつめたのである。
「俺は最も支配的な選手になることに取り憑かれ、彼は史上最高の選手になることへ取り憑かれていた。そのためには多くのことを犠牲にしなければならないんだが、彼は見事にやっていた。そのことで俺は頭にきていた。なぜって、それは俺がまさにやろうとしていたことだったからだ。誰かに対してそうすることで、俺は勝ちに行こうとしていたんだ。そう、いつだって俺は(刺激を与えるべく)誰かを怒らせる側の男だったのさ」
シャックは216㎝・147㎏という巨体を武器にNBAで19シーズンをプレーしてキャリア平均23.7点、10.9リバウンド、2.5アシスト、2.3ブロックという圧倒的な数字を記録。
新人王を皮切りに、オールスターに15度、オールNBAチームに14度、オールディフェンシブチームに3度選ばれ、2016年にバスケットボール殿堂、昨秋には75周年記念チーム入りも果たした。
シャックはオーランド・マジックでアンファニー“ペニー”ハーダウェイ、マイアミ・ヒートではドゥエイン・ウェイド、クリーブランド・キャバリアーズではレブロン・ジェームズ(現レイカーズ)とプレーしたが、最も支配的なデュオとしてリーグを席巻した相棒はやはりレイカーズ時代のコビー・ブライアントだろう。
レイカーズで8シーズン(1996-97から03-04)共闘した両者は、00年から02年にかけて3連覇、04年にもファイナル進出を果たすなど、リーグ屈指のコンビとして鳴らした。
シャックは番組内で、高卒選手としてレイカーズ入りしたコビーについてこう語っていた。
「彼はまるで(他の選手たちとはかけ離れた)エイリアンだった。彼がまだ18歳の頃、よくロッカールームにいたんだが、ボールなしで何時間もドリブルやシューティングをしていた。そしたら練習で実践し、実際のコートでも同じ動きを見せていたんだ。史上最高の選手になるべく、まるで取り憑かれているようだった」
マイケル・ジョーダンに憧れ、彼を超える選手になろうと、コビーはバスケットボールへすべてを注ぎ込んできた。
もっとも、レイカーズは2人が入団してからすぐにリーグを制したわけではない。結成4年目の99-00シーズンに名将フィル・ジャクソンが就任し、トライアングル・オフェンスを採用したことがターニングポイントとなった。
シャックとコビーはエゴを捨て、勝利を最優先にすることで抜群の破壊力を発揮。さらに彼らの周囲を、リック・フォックスやロバート・オリー、デレック・フィッシャーが上質なロールプレーヤーとして固めたことで、レイカーズはチャンピオンへ上りつめたのである。
「俺は最も支配的な選手になることに取り憑かれ、彼は史上最高の選手になることへ取り憑かれていた。そのためには多くのことを犠牲にしなければならないんだが、彼は見事にやっていた。そのことで俺は頭にきていた。なぜって、それは俺がまさにやろうとしていたことだったからだ。誰かに対してそうすることで、俺は勝ちに行こうとしていたんだ。そう、いつだって俺は(刺激を与えるべく)誰かを怒らせる側の男だったのさ」
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