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「アイザイアとマイケルはいい関係だった」トーマスとジョーダンの関係が悪化した“本当の理由”を元同僚が告白<DUNKSHOOT>

ダンクシュート編集部

2023.05.10

1980年代~90年代前半に火花を散らしたジョーダン(左)とトーマス(右)はともに還暦を迎えているが、依然として冷戦状態が続いている。(C)Getty Images

 NBAを代表するレジェンドであるアイザイア・トーマス(元デトロイト・ピストンズ)とマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)は、現役時代から引退後の今まで40年以上も冷戦状態が続いているとされる。そのきっかけとなる出来事について、現役時代に両者と共闘したジョン・サリーが明かしている。

 1961年4月生まれのトーマスは81年のドラフト全体2位、63年2月生まれのジョーダンは84年のドラフト全体3位指名でNBA入り。2人が犬猿の仲となる発端は85年のオールスターゲームで、トーマスが当時ルーキーだったジョーダンにパスをしないように首謀したとされる事件。その後、92年のバルセロナ五輪では、ジョーダンがトーマスの"ドリームチーム"メンバー入りを拒んだとも言われている。

 2020年に公開された1997-98シーズンのブルズを追ったドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』では、ジョーダンがトーマスのことを「クソ野郎」呼ばわりして関係がさらに悪化。その後、トーマスが「当時、彼は私のライバルでも何でもなかった」と主張し、謝罪を要求するなど、今なお確執は続いている。

"バッドボーイズ"の異名を取ったピストンズの一員として1989、90年の2連覇を経験し、ブルズの後期3連覇(96~98年)の初年度にあたる95-96シーズンに数か月間、ジョーダンやスコッティ・ピッペンと一緒にプレーしたジョン・サリーは、YouTube番組『VLAD TV』のインタビューで、トーマスとジョーダンの間に"亀裂"が入った本当の瞬間について語っている。
 
「アイザイアとマイケルはいい関係だった。イベント中も決して仲が悪いわけではなく、クールだった。でも、ピストンズが(89、90年とカンファレス決勝で)2度ブルズを打ち負かし、マイケルは悟ったんだ。『こいつを倒すためには、嫌いにならなければいけない』『彼に対しては冷静ではいられない』とね」

 1980年代のピストンズは、リーダー格のトーマスを中心に、ジョー・デュマース、ヴィニー・ジョンソン、デニス・ロッドマン、リック・マホーン、ビル・レインビアなど職人肌の選手が揃い、荒々しいプレースタイルとタフでフィジカルなディフェンスを武器にリーグを席巻した。

 ジョーダンを封じ込めた守備は"ジョーダン・ルール"と言われ、口論や乱闘騒ぎは日常茶飯事だった。サリーによれば、そんなピストンズに「凶悪犯」のレッテルを貼ったのは、ブルズを率いていたフィル・ジャクソン・ヘッドコーチだったという。

「マイケルじゃない。フィル・ジャクソンが最初のインタビューで私たちを凶悪犯と呼んだんだ。『彼らは凶悪犯だ。NBAに相応しくない。彼らのバスケットボールスタイルは許されるべきではない』とね。現役時代に(ニューヨーク)ニックスでプレーしていた時はヒジ打ちをしていたのにね。フィル・ジャクソンがそんなことを言わなければ、リーグもレフェリーもそれを目にすることはなかっただろう。今、レフェリーたちはゲームを違った角度から見なければいけなくなった。彼は周囲の見方をリプログラミングした。情報操作のマスターだ」

 また、88年にピストンズを"バッドボーイズ"と命名したのは前NBAコミッショナーのデイビッド・スターンだったと明かし、「88年にピストンズは(NBAファイナルで)レイカーズに敗れた。その時のビデオでそう呼ばれていて、翌年に私たちは優勝したが、もうバッドボーイズのあだ名が定着していた」と笑っていた。

構成●ダンクシュート編集部

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