正統派PGの頂点を極めた3番がクリス・ポール(オクラホマシティ・サンダー)だ。ニックネームの“CP3”もイニシャルと背番号の組み合わせになっているが、実はこのニックネームはバスケットボールを始める前からのもの。父のチャールズが“CP1”、兄のCJが“CP2”と呼ばれていたのが由来で、こうなるともはや3番以外の背番号は考えられない。
時代を遡ると、1980~90年代の3番にはシューターのイメージがあった。その代表がドラゼン・ペトロビッチで、ポートランド・トレイルブレイザーズ時代は44番を着用し、ネッツ移籍後に3番へと変更。1992~93年は2年連続で平均20点、3ポイント成功率44%以上をマークしたが、交通事故により28歳の若さでこの世を去った。
そのほかのシューターではジョン・スタークス(元ニックスほか)、デニス・スコット(元オーランド・マジックほか)、デイル・エリス(元シアトル・スーパーソニックス/現サンダーほか)、スティーブ・スミス(元アトランタ・ホークスほか)らが挙げられる。4人とも通算3ポイント成功数が1000本を超えており、エリスはレジー・ミラー(元インディアナ・ペイサーズほか)に抜かれるまで、通算成功数のNBA記録保持者だった。レックス・チャップマンは特にシューターとして知られた存在ではないが、フェニックス・サンズ時代の1997年、プレーオフで決めたアクロバティックな3ポイントが記憶に残る。
トレイシー・マッグレディはロケッツで1番だったが、ドキュメンタリー映画『3ポインツ』に出演したのをきっかけに、2009-10シーズンは3番に袖を通した。
現役ではブラッドリー・ビール(ワシントン・ウィザーズ)、CJ・マッカラム(ブレイザーズ)が背番号3のガード選手として活躍している。
ガードではなく、背の高い好シューターではクリフォード・ロビンソン(元ブレイザーズほか)が代表格。トロイ・マーフィーもペイサーズ時代にアウトサイドシュートをよく沈めていた。
時代を遡ると、1980~90年代の3番にはシューターのイメージがあった。その代表がドラゼン・ペトロビッチで、ポートランド・トレイルブレイザーズ時代は44番を着用し、ネッツ移籍後に3番へと変更。1992~93年は2年連続で平均20点、3ポイント成功率44%以上をマークしたが、交通事故により28歳の若さでこの世を去った。
そのほかのシューターではジョン・スタークス(元ニックスほか)、デニス・スコット(元オーランド・マジックほか)、デイル・エリス(元シアトル・スーパーソニックス/現サンダーほか)、スティーブ・スミス(元アトランタ・ホークスほか)らが挙げられる。4人とも通算3ポイント成功数が1000本を超えており、エリスはレジー・ミラー(元インディアナ・ペイサーズほか)に抜かれるまで、通算成功数のNBA記録保持者だった。レックス・チャップマンは特にシューターとして知られた存在ではないが、フェニックス・サンズ時代の1997年、プレーオフで決めたアクロバティックな3ポイントが記憶に残る。
トレイシー・マッグレディはロケッツで1番だったが、ドキュメンタリー映画『3ポインツ』に出演したのをきっかけに、2009-10シーズンは3番に袖を通した。
現役ではブラッドリー・ビール(ワシントン・ウィザーズ)、CJ・マッカラム(ブレイザーズ)が背番号3のガード選手として活躍している。
ガードではなく、背の高い好シューターではクリフォード・ロビンソン(元ブレイザーズほか)が代表格。トロイ・マーフィーもペイサーズ時代にアウトサイドシュートをよく沈めていた。