1981年にはジョージタウン大史上最高の選手、パトリック・ユーイングが入学。高校生の段階で五輪代表候補に選ばれ、ビル・ラッセル(元セルティックス)二世と呼ばれていたジャマイカ出身のビッグマンは、1年生にしてホヤズをランキング1位に導き、トーナメントでも39年ぶりの決勝進出に大きく貢献。ノースカロライナ大と対戦した頂上決戦でも23得点、11リバウンドと奮闘したが、同じ1年生のマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)に決勝弾を決められ惜敗した。
1983年のトーナメントでは2回戦負けの不覚を喫したが、翌年には再び決勝に進出。ダンバー高校出身のフォワードコンビ、デイビッド・ウィンゲート(元フィラデルフィア・セブンティシクサーズほか)とレジー・ウィリアムズ(元デンバー・ナゲッツほか)が計35得点をあげる活躍で、アキ―ム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツほか)を擁するヒューストン大を退けた。
これが現時点で、ジョージタウン大唯一の全国制覇である。ユーイングの最終学年となった1985年も開幕から18連勝を記録するなど、2連覇は濃厚と見られていたものの、決勝で同じビッグイースト・カンファレンスのビラノバ大のローテンポな展開にリズムを崩され、2点差で敗戦。惜しくも連覇には届かなかった。
ユーイングは同年のドラフトでニューヨーク・ニックスから1位指名を受け、前評判通りの活躍を見せ新人王を受賞。ジョーダンやオラジュワン、デイビッド・ロビンソン(元サンアントニオ・スパーズ)と同世代だったこともあり、個人タイトルや優勝には縁がなかったが、オールスターには11回も出場している。1992年にはバルセロナ五輪の初代ドリームチームにも参加し、ジョージタウン大在学中の1984年ロサンゼルス五輪に続いてふたつ目の金メダルを獲得した。
ユーイングの後継者として1987年に入学してきたのが、ザイール(現コンゴ民主共和国)出身、身長218cmの巨人ディケンベ・ムトンボ(元アトランタ・ホークスほか)だった。1年目は学業を優先するため試合に出場できなかったが、翌1988年からは新入生のアロンゾ・モーニング(元マイアミ・ヒートほか)とともに、強力無比のツインタワーを形成。彼らがブロックしたボールが飛んでくる観客席のセクションは、“リジェクション・ロー”と呼ばれた。
1983年のトーナメントでは2回戦負けの不覚を喫したが、翌年には再び決勝に進出。ダンバー高校出身のフォワードコンビ、デイビッド・ウィンゲート(元フィラデルフィア・セブンティシクサーズほか)とレジー・ウィリアムズ(元デンバー・ナゲッツほか)が計35得点をあげる活躍で、アキ―ム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツほか)を擁するヒューストン大を退けた。
これが現時点で、ジョージタウン大唯一の全国制覇である。ユーイングの最終学年となった1985年も開幕から18連勝を記録するなど、2連覇は濃厚と見られていたものの、決勝で同じビッグイースト・カンファレンスのビラノバ大のローテンポな展開にリズムを崩され、2点差で敗戦。惜しくも連覇には届かなかった。
ユーイングは同年のドラフトでニューヨーク・ニックスから1位指名を受け、前評判通りの活躍を見せ新人王を受賞。ジョーダンやオラジュワン、デイビッド・ロビンソン(元サンアントニオ・スパーズ)と同世代だったこともあり、個人タイトルや優勝には縁がなかったが、オールスターには11回も出場している。1992年にはバルセロナ五輪の初代ドリームチームにも参加し、ジョージタウン大在学中の1984年ロサンゼルス五輪に続いてふたつ目の金メダルを獲得した。
ユーイングの後継者として1987年に入学してきたのが、ザイール(現コンゴ民主共和国)出身、身長218cmの巨人ディケンベ・ムトンボ(元アトランタ・ホークスほか)だった。1年目は学業を優先するため試合に出場できなかったが、翌1988年からは新入生のアロンゾ・モーニング(元マイアミ・ヒートほか)とともに、強力無比のツインタワーを形成。彼らがブロックしたボールが飛んでくる観客席のセクションは、“リジェクション・ロー”と呼ばれた。
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