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NBA

ユーイング、ムトンボらを輩出した“ビッグマンのジョージタウン”。そのなかで1人異彩を放つアイバーソン【名門カレッジ史】

出野哲也

2020.06.29

 1991年にムトンボは年間389リバウンドの学校記録を樹立。しかし結局2人の在学中は、1989年のエリート8(準々決勝)がトーナメントの最高成績だった。

 NBA入り後はムトンボが史上最多の4度、モーニングも2度の最優秀守備選手賞を獲得。通算ブロックでもムトンボが3289本で歴代2位、モーニングは2356本で同11位にランクしており、現在はユーイングと3人揃ってバスケットボール殿堂入りを果たしている。

 その後も“ビッグマンのジョージタウン”の伝説は引き継がれ、近年でもロイ・ヒバート(元インディアナ・ペイサーズほか)、グレッグ・モンロー(元デトロイト・ピストンズほか)らが活躍。しかしジョージタウン大出身者で唯一、NBAでシーズンMVPに輝いたのは、身長183cmの小柄なガードだった。
 
 その男の名はアレン・アイバーソン。高校時代にはバスケットボールとフットボールで全国的に名を知られていたスーパースターだったものの、1993年に傷害事件への関与を疑われ、懲役15年を求刑された(のちに取り下げられた)ほどの問題児でもあった。

 トンプソンは素行の良くない選手を敬遠する傾向にあったが、アイバーソンの母親から懇願され奨学金をオファー。だが最初の練習試合で「今すぐ永久欠番にしてもいいくらい。NBAの大半の現役PGよりも優れた選手」(『ワシントン・タイムズ』紙)と絶賛されたほどのプレーを披露し、在学2年間で平均23.0点をマークした。

 ユーイングに次ぎ、1996年に学校史上2人目の1位指名を受けシクサーズに入団。得点王に4度輝いたスコアリング能力に加え、体格のハンディをものともしない強気なプレースタイルで、リーグ随一の人気者となった。

 キャリア平均26.7点、6.2アシストはともにジョージタウン大出身者では1位。2000-01シーズンにMVPを受賞し、2016年にバスケットボール殿堂へ迎えられた。

 1998-99シーズンを最後にトンプソンはコーチ業から退き、5年後の2004年に息子のジョン・トンプソン三世がHCに就任。2007年にはヒバート、ジェフ・グリーン(現ヒューストン・ロケッツ)らの活躍で22年ぶりにファイナル4へ勝ち進んだ。

 ただ、同年を最後にビッグイースト・カンファレンスのトーナメントでも頂点から遠ざかっており、トーナメント出場も15年が最後。ファンは名門復活を心待ちにしている。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2016年3月号掲載原稿に加筆・修正。

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