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NBA

“史上最高“の豊作年にドラフト4位でNBA入り。サム・パーキンスの平凡な人生を変えた“恩師”との出会い【NBA名脇役列伝・前編】

出野哲也

2020.07.16

 そんな平凡な人生を変えたのが、コーチであるハーブ・クロスマンとの出会いだった。偶然、長身のパーキンスを見かけたクロスマンが、自分のバスケットチームに勧誘したことから始まった両者の関係は、やがて親子も同然にまで深まるのだが、クロスマンは出会った当時の印象をこう語っている。

「礼儀正しく、反抗的な態度を取ることはほとんどなかった。あの年頃としては、まさにこのように育ってほしいと思える理想的な少年だったね」

 その後、オルバニーに引っ越したクロスマンは、パーキンスが学校へ行かなくなっているとの話を耳にし、法定後見人となって彼をオルバニーに呼び寄せる。のんびり屋でガツガツしたところがない性格から、“イージー”というニックネームを与えたのも、父親代わりのクロスマンだった。

 オルバニーの高校で初めて真剣にバスケットに取り組むと、パーキンスの中に眠っていた才能が一気に開花する。平均25点をあげ、ジュニアワールドカップのメンバーにも選出。この時チームメイトになったジェームズ・ウォージー(元ロサンゼルス・レイカーズ)に誘われ、ノースカロライナ大に進学してからは、名伯楽ディーン・スミスの下でさらなる成長を遂げる。
 
 長身ながらコートのどこからでも得点できるシュートレンジの広さと、ガードからフォワードまで守れる敏捷性を武器に、1年生から主力として不可欠な存在となった。ジョーダンの“ザ・ショット”でチャンピオンに輝いた82年のNCAAトーナメント決勝では、パトリック・ユーイング(ジョージタウン大)とマッチアップし、10点、7リバウンドで優勝に多大な貢献をしている。

 面倒見のいいパーキンスは後輩たちにも慕われ、1学年下のジョーダンやケニー・スミスとも仲が良かった。最終学年は平均17.6点、9.6リバウンドでオールアメリカンに選出され、さらに84年のロサンゼルス五輪代表チームにも選ばれると、共同キャプテンを務めたジョーダン、そしてライバルだったユーイングらとともに金メダルを獲得した。(後編に続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2014年8月号掲載原稿に加筆・修正。

【PHOTO】ロッドマン、ジョーダン、アイバーソン、シャック…NBA史に残る偉大なレジェンドたち!

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