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NBA

NBA創成期のスター、ビングからカーメロへと続くシラキュース大の系譜。歴史の裏には75歳の名将あり【名門カレッジ史】

出野哲也

2020.10.02

ベーハイムが就任後、チームはトーナメントの常連に。2006年からはアメリカ代表のコーチも兼任し、教え子のカーメロと栄冠を分かち合った。(C)Getty Images

ベーハイムが就任後、チームはトーナメントの常連に。2006年からはアメリカ代表のコーチも兼任し、教え子のカーメロと栄冠を分かち合った。(C)Getty Images

 73年からはコンスタントにトーナメントに顔を出すようになり、75年に初のファイナル4に駒を進める。翌年にはジム・ベーハイムがHCに就任した。ビングの大学時代のルームメイトで、バックコートコンビを組んでいたベーハイムは、卒業後短期間マイナーリーグでプレーしたのち、指導者としてシラキュースに復帰。当初はバスケ部のアシスタントコーチと、ゴルフ部の監督を兼任していた。攻撃ではセットオフェンスより流れを重視し、守備ではマッチアップゾーンを多用するのが特色で、2016年のリオデジャネイロ五輪でもアメリカ代表のアシスタントコーチを務めた。05年にはハンソン、ビングに続いて同大から3人目の殿堂入りを果たしている。

 ビング以降は長い間NBAで活躍する選手がいなかったが、80年代に入ってダニー・シェイズが現われる。ナショナルズ史上最高の名選手だったドルフ・シェイズの息子で、NBAではロールプレーヤーの域を出なかったものの、7球団に在籍し18年間もプレーした。83年に入学した“パール”ことドウェイン・ワシントンは、ニューヨークのプレーグラウンドの帝王。NBAキャリアは3年で幕を閉じたが、切れ味鋭いクロスオーバードリブルは、のちの使い手であるティム・ハーダウェイが憧れたほど強烈なインパクトを放った。
 
 87年はシャーマン・ダグラス、ロニー・サイカリー、1年生のデリック・コールマンら豪華なメンバーが集結。控えにはのちに日本リーグの得点王に輝いたスティーブン・トンプソンもいた。トーナメントでは2回戦と準決勝を除くすべての試合で6点差以内という接戦を勝ち抜き、決勝のインディアナ大戦も残り4秒で1点をリードしていたが、逆転シュートを許して初優勝はお預け。

 レバノン出身のサイカリーは88年、ダグラスは翌89年に、ともにマイアミ・ヒートに入団。コールマンは90年のドラフト1位でニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツに入団して新人王を受賞。93~95年は3年連続で平均20点、10リバウンドをクリアするなど才能は抜群だったが、向上心の薄さが祟って大成しなかった。91年にドラフト3位でサクラメント・キングスに指名されたビリー・オーウェンスも、NBAではその多彩なスキルを生かしきれず31歳でキャリアを終えた。
 
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