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NBA

【NBAスター悲話】ニック・アンダーソン――順風満帆のバスケ人生を一変させた史上最悪の4連続FTミス【前編】

大井成義

2019.11.17

アンダーソンは1989年ドラフトでマジックに指名され、同チームの記念すべき第一号選手としてNBA入りを果たした。(C)Getty Images

アンダーソンは1989年ドラフトでマジックに指名され、同チームの記念すべき第一号選手としてNBA入りを果たした。(C)Getty Images

 残り時間10.5秒、マジック3点リードの場面でフリースローラインに立ったのはアンダーソンだった。レギュラーシーズンのフリースロー成功率は70.4%、プレーオフでは75.5%まで数字を上げており、プレッシャーに弱い選手でもない。1本決めれば勝敗がほぼ決する局面、誰もがマジックの勝利を確信した。だがなんと、アンダーソンは2本ともミスしてしまう。オーランド・アリーナには悲鳴ともつかない叫び声が響き渡った。

 それでもまだ運に見放されていなかった。リバウンド争いの際、ロケッツがアンダーソンをファウル。土壇場で命拾いしたアンダーソンは、安堵と緊張で引きつった笑顔を見せながら再びラインに立ち、慎重に狙いを定めた。確率からすれば、もう2本外すことなどありえない。ところが――。その直後、人々は信じられない光景を目にすることとなる。萎縮しきったアンダーソンは、またもや2本のフリースローを外してしまったのだった。騒然とするマジック・ファン。アリーナは異様な雰囲気に包まれていた。

 ロケッツ最後の攻撃、残り1.6秒でケニー・スミスが執念の同点3ポイントをねじ込み、試合はオーバータイムになだれ込む。もつれにもつれたその試合、残り0.3秒で劇的なティップインを沈め勝利を飾ったのは、ロケッツだった。その後シリーズを通してマジックは流れを掴むことができず、ロケッツはスウィープで2連覇を達成する。

 シリーズの行方を左右したと言っても過言ではない、アンダーソンの4連続フリースローミス。大事な場面でミスを犯したり、本来の実力を発揮できず“戦犯”の烙印を押された選手はこれまで数多くいるが、ファイナルという大舞台であれほど大きな失敗をやらかした戦犯はそう滅多にいない。そしてその失敗がトラウマとなり、彼のその後のキャリアを一変させることになる。ニック・アンダーソンが、以前のニック・アンダーソンに戻ることは2度となかった。
 
■マジック第一号選手として晴れてNBA選手へ

 “Flyin’ Illini(フライン・イライナイ)”。1989年のNCAAトーナメントでファイナル4進出を果たし、メディアやファンを沸かせたイリノイ大バスケットボール・チームに付けられたニックネームだ(イリノイ大のスポーツネームの愛称“Fighting Illini”をもじっている)。チームには後のNBAプレーヤー、ケンドール・ギルやマーカス・リバティが在籍し、その中心選手として活躍したのがニック・アンダーソンだった。

 1968年1月20日にイリノイ州シカゴで生まれたアンダーソンは、通っていたニールF.シメオン職業訓練高を市のチャンピオンへと導き、チームはシーズン25勝1敗の成績を収めUSAトゥデイ紙の全米ランキング1位にランクされた。アンダーソンはイリノイ州の「ミスター・バスケットボール」に選ばれ、周囲の期待を一身に浴びながら地元の名門イリノイ大に進学した。

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