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NBA

シャック、モーニング、そしてレイトナー。明暗分かれた1992年組に神様が与えた粋な巡り合わせ【NBAドラフト史】

大井成義

2019.11.25

バルセロナ五輪のアメリカ代表メンバーに学生として唯一選ばれたレイトナー。しかしNBAでは大成せず2005年にひっそりと引退した(C)Getty Images

バルセロナ五輪のアメリカ代表メンバーに学生として唯一選ばれたレイトナー。しかしNBAでは大成せず2005年にひっそりと引退した(C)Getty Images

■上位2名が活躍した一方でレイトナーは期待外れに

 怪物シャックとカレッジ界のゴールデンボーイ、レイトナー。ドリームチームのセレクションではレイトナーの後塵を拝したシャックだったが、将来性を重視するドラフトとなると話は別だ。1位指名はシャックが大本命で、トップ3にはレイトナーとジョージタウン大4年のアロンゾ・モーニングがほぼ確実視されていた。

 前年の成績は、下からウルブズ、マジック、マブズの順ながら、ドラフトロッタリーで1位指名権を獲得したのはマジック。ウルブズと同じく創設3年目の新興チームは勝率2~3割台と低迷しており、この年の1位指名権獲得は、フランチャイズ創設以来最大の僥倖だった。

 迎えたドラフト当日、大方の予想通りマジックはシャックを指名する。2位モーニング(ホーネッツ)、3位レイトナー(ウルブズ)と、番狂わせは起こらなかった。

 この3人は、いずれも長年にわたりNBAで活躍したが、シャック、モーニングの2人とレイトナーの間には、思いのほか大きな差が開くことになる。説明不要なほど華々しいキャリアを送ったシャックと、センターとしては小柄(208㎝)ながら、屈強な肉体とどこまでも熱い魂のプレーで、リーグにその名を轟かせたモーニング。
 
 彼らに比べると、レイトナーのキャリアはパッとしなかった。オールスターに1度選ばれはしたものの、ケガに悩まされ続け、さらに傲慢な性格が災いしてか同僚とのトラブルも少なくなかった。また、デューク大時代の言動のせいで、プロになってからもあちこちのアリーナでブーイングを浴びたものだった(ESPNで2015年に〝I Hate Christian Laettner”というドキュメンタリーが放映されたほどだ)。

 レイトナーは大学時代に残したインパクトが強すぎたため、NBAでそこそこの成績を残しても正当に評価されないという不運が付きまとい続けた。

 そんな3人に対し、バスケの神様は粋な巡り合わせを再演出する。レイトナーの現役最終年、ごく短期間ではあるが、3人が同じチームで一緒にプレーするのだ。2004年7月、シャックがレイカーズからトレードでヒートへ。同年9月、ウォリアーズから解雇されたレイトナーがヒートと契約を結ぶ。そして翌年3月、ラプターズを解雇されたモーニングが古巣ヒートへ復帰――。

 そのシーズンのヒートはイースト首位でシーズンを終え、プレーオフでもカンファレンス・ファイナルまで駒を進めた。レイトナーはシーズン終了後にユニフォームを脱いだが、翌年シャックとモーニングの2人は見事優勝を勝ち取っている。
 

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