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NBA

「神が造った完全な選手」マリン。アルコール依存症から這い上がった不屈のドリームチーマー【レジェンド列伝・後編】<DUNKSHOOT>

出野哲也

2022.09.15

引退後はウォリアーズのフロント入りし、2015~19年にはセントジョンズ大のHCを務めた。(C)Getty Images

引退後はウォリアーズのフロント入りし、2015~19年にはセントジョンズ大のHCを務めた。(C)Getty Images

 しかし、90年代中盤以降のマリンは故障との戦いに明け暮れた。 92-93シーズンに右手親指の靭帯を断裂すると、その後もヒザやハムストリングを負傷。出場機会が減るにつれて成績も下降し、チーム内でも世代交代の波に洗われた。

 97-98シーズンには12年在籍したウォリアーズを離れ、インディアナ・ ペイサーズへ移籍。 この年はリーグ1位のフリースロー成功率93.9%をマークするなど、シュート力に衰えはなかったが、平均得点は自己最低の11.3にまで下降した。移籍3年目の1999−2000シーズンには初めてNBAファイナルに出場したものの、6試合中3試合、合計12分プレーしたのみだった。

 翌シーズン、1年だけウォリアーズに復帰したのを最後に現役引退。その後はウォリアーズでフロント入りし、00年からはGMも務めたが、これといった成果を残せず退団した。15年にはヘッドコーチとしてセントジョンズへ戻り、19年まで在任。現在はNBCスポーツのアナリストとなっている。
 
 10年にドリームチームの一員として、そして11年4月には個人としてもバスケットボール殿堂に迎えられた。 全盛期にはマジック・ジョンソンから「神が造りたもうた完全なる選手」とまで評された男としては、当然の栄誉だったかもしれない。けれども、一時はアルコールの地獄にどっぷり浸かり、そこから必死の思いで這い出した人間としては、奇跡的な偉業とも言える。

「才能があるだけでは不十分だ。 怠惰であるなら、才能なんて忘れてしまったほうがいい」

 かつてマリンはこのように語っていた。その言葉通り、彼はどんな状態にあっても、自己の才能に磨きをかける姿勢は忘れなかった。 だからこそ、彼は再び日の当たる道に還ってくることができたのだろう。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2011年10月号原稿に加筆・修正
 
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