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NBA

無名大学のマネージャーから“神様”の相棒に。スコッティ・ピッペンのサクセスストーリー【NBAレジェンド列伝・前編】

出野哲也

2020.05.08

91年に宿敵ピストンズをついに撃破。レイカーズとのファイナルでは好守でマジック・ジョンソンを苦しめながら、平均20.8点、9.4リバウンドと躍動した。(C)Getty Images

91年に宿敵ピストンズをついに撃破。レイカーズとのファイナルでは好守でマジック・ジョンソンを苦しめながら、平均20.8点、9.4リバウンドと躍動した。(C)Getty Images

■ジョーダンの引退を受けて2番手から“エース”へ昇格

 けれども、この屈辱をきっかけにピッペンはさらなる成長を遂げる。「あの失敗を何としても取り返したい。オフシーズンはそのことばかり考えていた」。より強靭な選手に生まれ変わるべく、強い決意を持ってピッペンはトレーニングに取り組んだ。

 再びピストンズと対戦した91年のカンファレンス決勝。ブルズの3連勝で迎えた第4戦、ピッペンはロッドマンに突き飛ばされてアゴを6針も縫う傷を負ったが、立ち上がって戦い続けた。もはやバッドボーイズは、ピッペンを肉体的に痛めつけても精神的には崩せなくなり、ブルズは4連勝でピストンズを粉砕した。
 
 ロサンゼルス・レイカーズと対戦したファイナルでも、マジック・ジョンソンのマッチアップという大役をこなす一方、最終第5戦では32得点、13リバウンド、7アシストと攻撃面でも大活躍し、ブルズの初優勝に大きく貢献した。

 92年にはバルセロナ五輪に出場して金メダルを獲得。翌92-93シーズンに3連覇を果たしてジョーダンが現役を引退するといよいよピッペンに主役の座が回ってきた。

“初主演”のシーズンはキャリアハイの平均22.0点、8.7リバウンド。オールスターでは29得点をあげてMVPに選ばれ、オールNBA1stチームにも初選出。ジョーダンが去って苦戦を予想されたブルズが、前年より2勝少ないだけの55勝もできたのはピッペンの活躍によるものだった。(後編へ続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2008年2月号掲載原稿に加筆・修正。

【PHOTO】引退後もその影響力は絶大!NBAの頂点に君臨するバスケットボールの”神様”マイケル・ジョーダン特集
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