専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
NBA

【NBAデュオ列伝】ジョーダン&ピッペン――“勝てない男”が“無名の優男”を鍛え上げて3連覇を果たすまで|前編

出野哲也

2020.05.15

 そしてある“事件”が起こる。1990年のイースタン・カンファレンス決勝、相手はそのピストンズ。最終第7戦の試合直前になって、ピッペンはこう訴えた。

「頭が痛くてたまらない。目もよく見えないんだ……」

 プレーオフ期間中に父を亡くし、精神的なダメージを負っていたことに加え、大事な試合の重圧、そしてピストンズに対する恐怖心が、このような症状を引き起こしたのだ。

 試合には出られるか、とのトレーナーの問いかけに対し、ピッペンが「無理だと思う」と答えようとしたその時、ジョーダンが間に入ってきて言った。

「もちろん出られるとも。目が見えなくたって出ろ!」

 その日ピッペンは2得点に終わり、ブルズは大敗を喫する。彼の不甲斐なさにジョーダンは失望し、心の中にはピッペンに対する不信感が植えつけられていた。
 
 しかし、ピッペンはこれを乗り越える。食生活を改善し、イメージトレーニングを取り入れ、精神的な弱さを克服しようとした。

 その結果、1991年のカンファレンス決勝では、ブルズが4連勝でピストンズを圧倒。ピッペンは第4戦でロッドマンに突き倒され、顎を6針縫う傷を負ったが、最後までプレーし、軟弱な印象を拭い去った。

 ファイナルではジョーダンが平均31.2点、11.4アシストと大活躍し、ロサンゼルス・レイカーズを倒して初優勝を果たす。ファイナルMVPをジョーダンが受賞したのは当然だったが、ピッペンもマークしたマジック・ジョンソンに「スコッティ(とのマッチアップ)は、マイケルよりも肉体的な負担が大きい」と嘆かせ、ジョーダンの守備面での負担を軽減。最終戦ではチーム最多の32得点をあげるなど攻撃面でも大きく貢献し、ジョーダンのパートナーと呼ぶに申し分のない働きを披露した。

 1970年代のヒット曲『Watching Scotty Grow(スコッティの成長を見つめて)』の歌詞に“4年の短い間に、貧乏だった僕は大金持ちになった”という一節があるが、まるでピッペンについて歌ったかのようである。ジョーダンにその成長を見つめられながら、無名選手だったピッペンは4年目にして成功の栄誉であるチャンピオンリングを獲得。さらに1992年にはポートランド・トレイルブレイザーズ、1993年にはフェニックス・サンズを破り、ブルズは3連覇を成し遂げた。(後編に続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2004年2月号掲載原稿に加筆・修正。

【PHOTO】NBAの頂点に君臨するバスケットボールの“神様”マイケル・ジョーダン特集
 
NEXT
PAGE

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号