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NBA

薬物によりドラフトの2日後に死去…。80年代アメリカの暗部を反映した“波乱万丈”の年【NBAドラフト史:1986年】

大井成義

2020.06.02

911:「PGカウンティー(プリンスジョージズ郡)エマージェンシー」
友人:「救急車をよこしてほしい、何、何号室? 何号室? 1103ワシントンホール。緊急事態だ。レン・バイアスだよ、彼はボストンに行ってきたばかりで、彼に助けが必要なんだ!」
911:「何のことを言ってるんですか?」
友人:「えっ?」
911:「何を言ってるんですか?」
友人:「俺が言ってるのは、えー、誰かに、レン・バイアスに助けが必要なんだ!」
911:「彼の名前が何であるかは関係ありません。何があったんですか?」
友人:「彼が息をしてない。レン・バイアスだよ。彼を生き返らせなきゃならない。彼が死ぬなんてあり得ないよ。マジでだ。早く来てくれ!」

 6時36分、寮に救急隊が到着し、2km先の病院に搬送。懸命の蘇生処置も虚しく、8時50分、死亡が確認される。死因はコカインの過剰摂取。バイアスの尿から、極めて純度の高いコカインが検出された。ドラフトで名前を読み上げられてから、わずか2日後の出来事だった。

 アメリカにおけるドラッグカルチャーの根は深い。1980年代にはクラック・コカインが蔓延し、俗に言う“クラックブーム”が巻き起こる。その流行は、当時のNBA、プロスポーツ界、社交界、そして一般のエリート層など、アメリカ社会全体に暗い影を投げかけていた。

 コカインによるバイアスの突然死は、アメリカ全土に大きな衝撃を与えた。時の大統領、ロナルド・レーガンがバイアスの家族に直筆の手紙を送ったほどだった。1988年、米国議会はより厳格な薬物防止法案を可決する。通称“レン・バイアス法”である。リーグが薬物検査を強化させたことは言うまでもない。
 
■波乱万丈のキャリアを送った選手が多く存在

 ウォリアーズが3位で指名したのは、ノースカロライナ州大のクリス・ウォッシュバーン。NBA情報サイト『HoopsHype』が2011年に掲載した記事の中で、ウォッシュバーンはドラフト当時のことを赤裸々に打ち明けている。

 その記事によると、彼はドラフト後もニューヨークに留まり、18日の晩はブロンクスのアパートメントで夜通しコカインを吸引していたという。そこに集っていたのは10人ほどで、名前は明かせないが、ほかに3人のNBA選手もいたそうだ。ウォッシュバーンは言う。「今振り返ると、それ(過剰摂取による急死)は俺にも起こり得た」

 プロ1年目に、ウォッシュバーンは薬物で問題を抱えていることをチームに告白し、リハビリ施設で治療を受けた。しかし翌シーズン途中にホークスへトレードされ、その後薬物検査に3度引っかかったことで永久追放処分を受ける。ドラフト3位の将来性豊かな若者が、薬物地獄から抜け出せず、わずか2年でリーグから姿を消した。
 
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