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NBA

“キング・ジェームズ”だけじゃない。歴代屈指のタレントが揃った2003年ドラフトのドラマ【NBAドラフト史】

大井成義

2019.09.19

レブロン(左)、ウェイド(中央)、ボッシュ(右)は、2010年にヒートに集結し、2012、13年に連覇を達成。(C)Getty Images

レブロン(左)、ウェイド(中央)、ボッシュ(右)は、2010年にヒートに集結し、2012、13年に連覇を達成。(C)Getty Images

 ティム・グローバーは全米で最も有名なパーソナルトレーナーの1人で、ジョーダンのトレーナーを務めた経験を持ち、ウェイドとケイマンの双方を知る人物でもあった。

 ドラフト当日、その彼の携帯が鳴った。電話の主はパット・ライリー。グローバーが回想する、その時のやりとりが興味深い。

ライリー:「我々は決断を下さなければならない。ウェイドとケイマン、スーパースターになるポテンシャルを持っているのはどっちだ?」
グローバー:「ウェイド」
ライリー:「チームはビッグマンを探しているんだ」
グローバー:「それはわかっているが、あなたが尋ねているのは、スーパースターになれるポテンシャルだろ?」

 それから7年後、リーグを代表する選手に成長したウェイドとレブロン、ボッシュの3人はウェイドが所属するヒートに集結し、2012、13年に2連覇を達成する。一方ミリチッチはピストンズでまったく芽が出ず、わずか2年半で放出。6チームを渡り歩いた末、2012年に引退を表明した。母国に戻り、プロのキックボクサーに転向するも、デビュー戦はTKOで黒星。2015年5月、セルビアのプロバスケットボールチームへの復帰を表明している。 
 ミリチッチがピストンズに入団した2003-04シーズン、チームは14年ぶりとなる優勝を果たし、翌シーズンもファイナルまで駒を進めた。もしあの時、順当にカーメロを獲得し、鉄壁のディフェンスを誇るチームに若き天才スコアラーが加わっていたら、ピストンズは黄金時代を築いていたかもしれない。

 もしヒートがウェイドではなく、当初の予定通りケイマンを獲得していたら、2004年にトレードでシャックが入団することもなく、ビッグ3も誕生せず、ヒートはまだ1度も優勝していないかもしれない。そしてもし、グリズリーズが1位指名権を引き当て、前年ドラフト全体3位のパウ・ガソルとレブロンのデュオが誕生していたら……。

 歴史に“IF”はない。とはいえ、極めて大きな話題を集め、リーグに地殻変動をもたらすほどのインパクトを与えた03年ドラフトの別のシナリオを、秋の夜長に妄想するのも悪くはない。

 ちなみに、ABCのロッタリー中継番組で司会を務めたマイク・トリーコの証言によると、事前のリハーサルで1位指名権を獲得したのは、ナゲッツだったそうだ。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2015年11月号より転載。
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