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【NBAスター悲話】“ピストル・ピート”マラビッチ――コートに死したバスケットボールの申し子【後編】

大井成義

2020.01.07

 ドブソンはバスケットボールの腕が立つ知り合い数人にも声をかけ、その中にはキリスト教の宣伝活動で何度か一緒になったラルフ・ドロリンジャーもいた。当時33歳のドロリンジャーは1970年代にUCLAで活躍した選手で、ごく短期間だがNBAでもプレーした経験を持つ。ドロリンジャーが回想するに、この日ドブソンはマラビッチに勝つ気でいたそうだ。

 パサデナの第一ナザレン教会にあるコートで3on3を20分ほどプレーし、休憩時間に入った。ドブソンが傍に立っていたマラビッチに「今日の気分はどう?」と尋ねると、「とてもいいよ。最高の気分だ」と言った次の瞬間、彼は突然崩れ落ちた。

 給水器に向かって歩き出した直後に、マラビッチの倒れ込む姿を目撃したドロリンジャーは、その時の様子をこう語っている。「そこにいた全員が、彼はふざけているだけ、そう思っていたよ。単なるジョークだってね」

 ドブソンとドロリンジャーによる懸命な心肺蘇生処置も虚しく、マラビッチの心臓の鼓動が脈打つことは二度となかった。1988年1月5日、ピート・マラビッチ、心臓発作にて死去。享年40。あまりに短い生涯だった。
 
 司法解剖の結果、驚愕の事実が判明する。通常ならばふたつあるはずの、人間が生きていくうえで最も重要とされる動脈システムのひとつが、マラビッチには先天的に欠如していたのだ。専門医の話によると、そのような症例で20年以上生き永らえた例はそれまでほとんどなかったそうである。

 にもかかわらず、マラビッチは40歳まで生き、そのうえ生涯を通してバスケットボールというハードなスポーツを続けてきた。それも世界最高のレベルで。そのようなケースは常識的には考えられないことであり、ほとんど奇跡に近いという。

 バスケットボールの申し子、マラビッチはコートに生まれ、コートに死んだ。常人には計り知れない人生の深淵を覗き、歓喜と絶望を味わい、そして最後には夢にまで見た平穏を得た。彼がコートに崩れ落ちたとき、その顔には笑みが浮かんでいた――、そんな気がする。

“ピストル・ピート”・マラビッチ、彼はバスケットボールの神様がこの世に与えたもうた、ひとつの奇跡だったのかもしれない。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2003年4月号掲載原稿に加筆・修正。
 
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