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NBA

“史上最高クラスのドラ2”と“史上最低レベルの外れドラ1”を生み出した2007年。対照的なキャリアを辿った2人の数奇な運命【NBAドラフト史】

大井成義

2020.01.10

3位でホークスに指名されたホーフォードは攻守の要としてチームを強豪に押し上げた。(C)Getty Images

3位でホークスに指名されたホーフォードは攻守の要としてチームを強豪に押し上げた。(C)Getty Images

 2007年5月22日に行なわれたドラフトロッタリーは、波乱含みの展開となった。レギュラーシーズンの下位3チームが、揃って指名順位4位以下に脱落。1位から3位までの3チームに残ったのは、レギュラーシーズンを下から4番目の成績で終えたホークス(1位指名権獲得率11.9%)と5番目のソニックス(現サンダー、8.8%)、7番目のブレイザーズ(5.3%)だった。

 1位指名権を獲得したのは、わずか5.3%の確率をモノにしたブレイザーズ。チームの代表としてロッタリーに参加した前シーズンの新人王ブランドン・ロイは、満面の笑みで喜びを表わし、インタビュアーからオーデンについて尋ねられると、「彼は攻守双方でゲームを変えることができる」と語った。トップ3の指名順位は、2位ソニックス、3位ホークスに確定する。
 
 その約1か月後の6月27日、2007年のNBAドラフトがューヨークで開催された。大方の予想通り、1位のブレイザーズはオーデンを、2位のソニックスはデュラントを指名。続いて3位ホークス/ホーフォード(フロリダ大3年)、4位グリズリーズ/コンリー(オハイオ州大1年)、5位セルティックス/グリーン(ジョージタウン大3年)と、順当に指名が進んでいった。グリーンはドラフト中に発表されたレイ・アレンのトレード要員としてソニックスにトレードされることになり、AAU時代のチームメイト、デュラントと一緒にプロデビューを果たすことになった。

 6位のバックスが指名したのは、弱冠19歳の中国人選手、イー・ジャンリャン。ドラフト会場には、過去最多となる60人の外国人記者が詰めかけ、その半分は中国人記者だった。後にジャンリャンはバックスへの入団拒否、年齢詐称疑惑、トレード要求といった騒動を巻き起こし、物議を醸すことになる。

 この年のドラフトでは、フロリダ大から5人の選手が指名された。その数は、1977年にUNLVが記録した6人に次ぐ多さだった。また、トップ10内に同じ大学から3人が選ばれたのは、史上初めての出来事である(3位ホーフォード、7位ブリューワー、9位ノア)。
 
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