日本代表

異国で始めるセカンドキャリア――2人の元Jリーガーは、なぜオーストラリアで新たな生活基盤を築くに至ったのか?

元川悦子

2022.04.02

現在はオーストラリアで生活する長谷川(左)と田代(右)。モンテディオ山形時代にはツインタワーを組んだ間柄だ。写真:元川悦子

 日本代表が3月24日、2022年カタール・ワールドカップ(W杯)出場権を手にしたオーストラリア(豪州)のシドニーで、積極果敢なチャレンジを続ける30代の元Jリーガーがいる。それは、元日本代表FW田代有三と柏レイソルを振り出しに8クラブを渡り歩いた長谷川悠。2人は2010年にモンテディオ山形でツインタワーを結成した間柄だ。

 その2人が、なぜ遠く離れた豪州で生活の基盤を築くに至ったのか? まず田代の方だが、2016年末にセレッソ大阪を退団後、2017年にナショナル・プレミアリーグ(NPL)・ニューサウスウェールズ州1部(=豪州2部相当)のウーロンゴン・ウルブスへ移籍したことが、同国に根を下ろすきっかけになったという。
 
 最初はウーロンゴン大学英語コースで学びながら、現役選手としてプレー。1年目が終わる頃、クラブから契約延長とともに永住権取得サポートの申し出を受けた。

「他の人と同じセカンドキャリアを送りたくなかった」という彼にとっては、まさに耳よりな話だった。永住権さえあれば、引退後も同国に残って働けるし、年間1人100万円近くかかる子供たちの学費も無料になる。もちろん前向きに回答し、2018年10月までプレーヤーを続けて引退。直後の11月に待望の永住権を取得した。翌2019年は同トップチームのアシスタントコーチに転身し、元豪州代表DFルーク・ウィルクシャー監督の下で指導者として働いた。

「英語をブラッシュアップさせたかったのが一番ですけど、ルーク不在の公式戦では指揮を執ったこともあります。コンディション調整や采配、試合後の総括などを全てオージーイングリッシュでやるのは大変だった。日本にいる外国人監督の気持ちがよく分かりました」と彼は当時を述懐する。

 そして、この年末にウーロンゴンを退団。2020年1月にシドニーに拠点を移し、同国で長くサッカーをしていた旧知の知人とともに「MATE(マイト)FC」を立ち上げることにした。5~10歳児を対象に週3回のスクールを実施するところからスタートし、徐々に規模を拡大する思惑だった。
 
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